トップページバックナンバー> 2015年7月~9月

<バックナンバー 2015年7月~9月>

☆画像をクリックすると別ウィンドウで大きな画像を見ることができます

7月1日(水)
<四季巡り・夏>高円山の大文字・火床見学

コース・概略ルート
春日大社→新薬師寺→高円山→大文字・火床→高円山・三角点(432m)→猿沢の池→JR・奈良駅(10km)
梅雨時期でいつ雨が降るか分からない状況ではあるが、今日は運の悪さか深夜から雨で、奈良県地方には大雨注意報が出され、やはり懸念したとおり参加者62名(内スタッフ30名)と少なく、天候が良好であれば参加されるであろう、今日のメーンテーマである魅力ある、期待された「高円山の大文字・火床見学」が最悪の状況となった。
コースリーダからは雨の降り方の状況によっては、コース変更等があるとの断りの承諾を得て、ストレッチ体操後スタート。
降りしきる雨の中、奈良市街地を黙々と東へ進み、まずは浮御堂で列詰めとトイレ休憩を取る。
そこから高畑町の閑静な住宅街を抜け新薬師寺前へ、ここを過ぎて更に雨足が強くなり併せて風も吹き、雨風が強くなる状況で白毫寺町の東山緑地に到着、トイレ休憩。
ここで、リーダーから「高円山火床」には「奈良大文字保存会」のスタッフの方が、雨にもかかわらず我々に説明の為に待機されているとの事で、登山を決行する旨の説明があり、「高円山火床」へ進む。しかし、この状況の中で体力に自身の無い方20数名が、この場所(昼食場所に移動)で待機する事となった。
「高円山登山口」付近では、雨が幸いにも小止み状況となったが、雨でぬかるんだ足場の悪い、更には、水かさの増した小川を恐る恐る渡り、急な山道を息せき、喘ぎながら「火床」に12時頃到着。
雨もすっかり止み、何と、上空の厚い雲の下に奈良市街地がくっきりと一望に見渡す景色、涼やかな風が頬を撫ぜ、時々靄が一面にたなびき、幻想的な雰囲気で参加者一同疲れも忘れ見とれる。
「火床」では、「奈良大文字保存会」のスタッフの方が、毎年行なわれる8月15日の「大文字の送り火」は、昭和35年から始められた行事で、戦没者と世界平和を祈る火の祭典で、又、飛火野で行なわれる慰霊祭は、奈良県出身戦死戦没者29,243柱のご英霊を供養するため、春日大社の神官が神式の儀式をやって、次に、奈良市内の30のお寺から集まったお坊さんが、同じ祭壇で仏式の法要を行なわれる、宗教・宗派を超えて平和を祈る、という大変珍しい行事で、又、「大」の字は宇宙を意味し「大」を形成する「火床」の数は、人間の煩悩と同じ「108ツ」あり、日本最大級の送り火である等々、詳細・丁寧に「大文字送り火由来」の説明を受けた。
その後、集合写真を撮り、20数名は更に急な坂道・階段を登り432mの三角点へ、達成感を味わい、順次下山「登山口」まで戻り、昼食は当初「火床」で摂る予定であったが、リーダーが事前に雨の場合、地元に利用をお願いしていた「白毫寺町町民センター」に13時20分頃着き、遅い昼食を摂る。
雨もすっかり上がり当センターを14時に出発、当初予定の「滝坂の道」から「春日大社」を歩くコースを省略、コース変更して朝通った住宅街から浮御堂を経由、三条通りを西へ猿沢池付近で、近鉄奈良駅方面に帰られる参加者にはここでゴール、残る者はJR奈良駅まで歩みを進め15時頃に無事ゴールした。悪天候の中お疲れ様でした。

フォトギャラリーへ



7月22日(水)
野迫川村熊野参詣 小辺路を歩く

コース・概略ルート
”バス”→西高野街道・高野龍神スカイライン→立里荒神社・参拝→”バス”→総合案内所・鶴姫~(歩く)~大股・バス停→”バス”→橿原神宮前駅(10km)
一昨日に近畿地方が梅雨明けしたにもかかわらず、運悪く今日は一日中雨が降るという最悪の状況となった。
今回の例会は、「野迫川村熊野参詣道小辺路を歩く」と云うことで、事前に参加予約した134名は、バス5台に分乗し橿原神宮前駅から移動。
途中、京奈和道路を五條・橋本市を通過、西高野街道から高野山を経由して、高野龍神スカイラインを通り、約2時間30分バスに揺られて、野迫川村のほぼ中央にそびえる荒神岳(1,260)の山頂に鎮座する「立里荒神社」に到着。
約30分間の自由行動とし、トイレ休憩と「荒神社」にお参りをした。
「荒神さん」は、火の神、かまどの神として崇められ、この「立里荒神社」は、「宝塚市の清荒神」と「桜井市の笠山荒神」の日本三荒神のひとつです。
空模様が霧雨状態となった中「荒神社」の本殿までの参道は約300mの緩やかな上りの石段と、信者から寄進された「木製の鳥居」が長く連立する、それをくぐり抜けて拝殿へ。 本殿は現在、修理工事中で立ち入りは出来ませんでしたが、ご神体は仮殿に移しておられ、その仮殿を参拝しました。
次に「荒神社」から、再びバスに乗車し約20分間ゆられ、高野龍神スカイライン沿いの「野迫川村総合案内所」の「鶴姫」に到着。  ここで、12時を過ぎましたが昼食休憩を摂る。
昼食後、「村おこし」の一環で「小辺路」の復活整備作業等をされている「NPO法人」代表の津田さんと「野迫川村役場産業課」職員の方から歓迎のご挨拶をいただきました。
ウオーキング出発時雨脚が強くなり、最初の部分をショートカットしました。スタートの「鶴姫」から「小辺路」と合流するまでの「林道タイノ原線」の約600mの区間は急な上り坂となっており、雨の中困難を極めると言うことで、 この間はバスで移動する事とし、残る部分をウオーキングする事とした。
バス降車後、林道として舗装整備された「小辺路」をスタート、ほぼ平坦な林道を「東屋」地区をすぎて「今西辻」地区に建立されている「林道開通記念碑」をすぎて間もなく階段を下りて山道に入る、この山道は300mほど歩いて林道に出る、 舗装道路を約1.3km歩いて「平辻」地区で、再び山道に入り暫らくして左側の地蔵石仏が迎える、昔の古道の雰囲気が残る山道を入って行き、降りしきる雨でぬかるむ木々の間の山道を約1.5km歩き、急な階段を用心しながら下って、再び林道に出る、暫らく歩いて林道から別れて最後の残り約1kmの山道に入り途中から急な下り坂を、一歩一歩足を踏みしめながら、15時過ぎ全員無事「大股」にゴールしました。
15時30分帰途に、雨に濡れた体と、疲労感の中バスに揺られて橿原神宮前駅に18時30分到着しました。

フォトギャラリーへ



8月5日(水)
夏のお花見 なら・燈花会

コース・概略ルート
ならまち→東山緑地→ 浮雲園地→県新公会堂→春日野園地→東大寺→奈良県庁→JR・奈良駅(10km)
今日の例会は、いつもと違って夏の風物詩である「なら燈花会」見物、今日から14日までの毎日19時~21時45分の間、奈良公園一帯で開催される、その見物を兼ねた夕方のウオーキングである。
ここ数日猛暑日が続き、今日も気象庁から奈良県地方に「高温注意報」が出され、うだるような暑さの中参加者176名は入念なストレッチ体操の後、JR奈良駅を16時30分頃スタートしました。
背中に強い陽射しを受けながら東へ歩みを進め、先ず奈良の旧市街地「ならまち」へ入り「南都御霊神社」をお参りし、「ならまち」の町並みを通り過ぎた当たりから列が少し離れ乱れだした、 奈良教育大学前交差点手前付近で、短時間の列詰めと水分補給を摂りながら、教育大学南側を東へ進行中、何処かで雨が降っているのか、涼風が頬を撫ぜ若干爽やかな気分で進み、17時30分頃東山緑地に到着。
ここでは少し日が翳り暑さを凌ぎながら軽食休憩を摂り、日の暮れる時間の調整を兼ねながら、当協会理事の天羽さん(奈良ソムリエ)から「なら燈花会」等々のお話を。
今回で17回目を迎える古都の夜を幻想的に彩る灯りのイベントとして、奈良公園に広がる「浮見堂」、「浮雲園地」や「猿沢池」等の8つのエリアで毎日2万本以上のろうそくが美しい灯りの花を咲かせる話や、「奈良教育大学構内にある、吉備塚古墳」、「高円山大文字火床」や最新の「荒池の浮草が真っ赤に染まる」等々、奈良にまつわる話題を聞き、18時30分東山緑地をスタート。
日も西に傾き、足取りも軽やかに「新薬師寺」前を通り、雲間に見え隠れする眩い太陽を眺めながら、閑静な高畑町の住宅街を抜け、「燈花会」会場の一つ「浮見堂」に到着。 19時になり、まだ周囲は明るいが「浮見堂会場」のろうそくに次々に点火が始まり、灯りは弱いが夕焼けに染まる「浮見堂」が浮かび上がった会場を後にし、竹のオブジェの間にちりばめられた灯りが灯る「浅茅ヶ原会場」から、次に、一面に広がる「天の川」をイメージした灯りの「浮雲園地会場」を進み、赤や青色のカラーカップで灯した「春日野園地会場」へと、ここまで来るとあたりはすっかり暗くなり、参加者と一般見物者との区別がつかない、又、足元も覚束なくなる状況で、ろうそくの灯りを頼りに「東大寺大仏殿」に参加者を誘導、無事19時30分頃到着。
ここで大半の参加者とは解散、あとはゆっくりと個々に各会場を見ていただくこととしました。
残るスタッフ一同とJR奈良駅まで帰られる参加者は、「東大寺大仏殿」を後にして「奈良県庁」前を通り、「興福寺会場」の灯りを見ながら「猿沢池」に20時頃到着。
ここで最終ゴールとしまして解散、散会しました。
真夏の「なら燈花会」、楽しいひと時を過ごされたのではないでしょうか、お疲れ様でした。

      フォトギャラリーへ



9月2日(水)
清九郎の里から梨の里・大淀町へ

コース・概略ルート
因光寺→清九郎の墓→梨の里(大阿太高原)→大淀町役場→近鉄・下市口駅(12km)
ここ数日来秋雨前線が西日本に停滞し、奈良県地方も梅雨のような空模様で、今日も夜明けまで雨が降っていたが、天気予報では「曇りのち晴れ」との事で、参加者の皆様はそれを見越してか交通事情の悪い近鉄葛駅に154名の方が参加。
葛駅西側に位置する御所市葛公民館前広場に参集、恒例の出発式で会長の挨拶の後、リーダーからのコース説明とストレッチ体操の後9時50分スタート。
今日のメーンテーマである、「清九郎さん」とはどの様な人物か、彼は、延宝6年(1678年)谷田村に生まれ、幼少の頃両親と共に丹生谷村に移転、ここで成長した。 「せいくろう」と仮名で書かれたものでも読めない無学文盲であったが、孝心深く母によく仕えた。清九郎の親孝行が高取藩主の耳に入り、ほうびに米5俵を与えられるが、「子が親に仕えるのはあたりまえ」と言って辞退する。 その志にうたれた藩主は再び清九郎を呼び、領内の山の木や柴を自由に刈り取ってよいという特権を与えた。 清九郎に対する賞賛は真宗、心学の立場から高く評価され、寛延3年(1750年)に没するまでの72年間の生涯を送った人です。
ウオーキングは先ず、広場からスタートして数分の場所にある「清九郎」の菩提寺である「因光寺」へ、境内には薪を天秤に担いだ「清九郎銅像」が、参加者は思い思いに像を仰ぎ見て、そこから2km程緩やかな上りの舗装道を進み、「清九郎の墓へ1.3km」の案内標識を見て、列詰めと水分補給し体勢を整えて急な上りの山道へと入る。
雨で濡れた山道を喘ぎながら進み、列も離れ長くなったが「清九郎の墓」に到着、故人の遺徳を偲びながら、隣接する大淀町鉾立へ歩みを進める。
途中地元の方々が事前に草刈、整備された山道を下り「光蓮寺」へ、ここも「清九郎」の菩提寺で、ここでは「清九郎さん」を偲び伝える地元ボランティアの方が、通常は無人のお寺を開放し「清九郎さん」にまつわるお話をいただき、又、鉾立コミュニティセンターではトイレをお借りし地元の皆様の厚いご協力を得て、鉾立てを後にした。
センターを後にして間もなく奈良ロイヤルゴルフ場北側の上方に出て歩みを進め蒸暑い状況の中、ゴルフ場から向こうの東方の山々の遠望の景色を楽しみ癒されながら、途中の大岩パークゴルフ場付近では太陽が顔を出し暑さが増し、列が長く離れ出したのでここで列詰めと水分補給の休憩を摂る。
その後暫らく列は淡々と歩みを進め、国道309号の今木交差点を横断して、今日最後の急な上り道を約1km進み大阿太高原の梨園に出る。 高原の稜線を東へ進み、13時頃に昼食場所の「龍水園」に到着。
岡下大淀町長から歓迎の挨拶を受け、暑さで疲れた体と空腹を癒しながら遅い昼食を摂り、梨園から提供された梨の試食を済ませ、お土産に梨を購入された参加者も、休憩後疲れも取れたか、13時50分梨園を出発。
高原を過ぎて坂道を下り下淵の住宅地を通り抜けゴールの下市口駅に14時30分頃無事到着しました。
蒸暑い一日ではありましたが、緑、緑に覆われた変化に富んだ山道のコースを堪能してウオーキングしていただいたのではないでしょうか、ありがとうございました。

      フォトギャラリーへ



9月19日(水)
<四季巡り・秋>古代ロマンと案山子・彼岸花

コース・概略ルート
天武・持統天皇陵→亀石→岡寺→石舞台古墳→都塚古墳→男綱→案山子・彼岸花→朝風峠→近鉄・飛鳥駅(13km)
季節は移ろい、初秋の季節となり天候も晴れてウオーキング日和となった今日の例会は、近鉄駅長お薦めフリーハイキングと重なり、飛鳥駅前は混雑する中、恒例の出発式とストレッチ体操を終え、何時もより少し遅い10時に参加者178名は飛鳥駅を後にして、先ず、欽明天皇陵の西に隣接する吉備姫皇女王〈孝徳天皇の生母〉の墓所内にある奇石の「猿石」4体を見て、次に畑の中を通る遊歩道を進み、その遊歩道の脇には古墳の石室と言われる「鬼の雪隠」へそれを回り見て、「天武・持統天皇陵」から緩やかな石段を下り、明日香村観光のシンボルともなっているユーモラスな顔つきの「亀石」へと進み、国営飛鳥歴史公園甘樫丘地区へ、途中トイレ休憩を挟み「甘樫の丘展望台」に到着。 展望台の西北方面には大和盆地に浮かんだ大和三山の「畝傍山・耳成山・香久山」を、東方面は昭和41年「明日香村古都保存法」が制定されて以来、今日まで飛鳥寺を中心とした家並み、田園地帯、里山の風景が今も変わらない原風景として残り、それを目に焼付け休息を取る。
中西サブリーダーからは「甘樫の丘」のアピールを、畝傍山の向こうの二上山に沈む太陽の夕景や春は桜の景観を、又、昭和天皇が明日香方面に行幸された時、この「甘樫の丘」から国見をされて「日本はすばらしい、安泰」云々とのエピソードを披露、最後に「万葉の歌」を朗々と歌い上げ参加者からは拍手喝采を受けて、展望台を後に階段を下る。
次に、古代の漏刻(水時計)跡の「水落遺跡」から、両側には黄金色には少し早いが稲穂が頭をたれる農道を東へと、爽やかな風を受けながら、飛鳥坐神社から藤原鎌足が生まれたとされる「小原の里」を通り「万葉文化館」に12時頃到着し、当初「石舞台古墳」で昼食を予定していたが、急遽この「万葉文化館」で昼食休憩を摂る事とした。
広場での昼食休憩後12時40分出発、小高い丘の上にある花崗岩で造られた「酒船石」へ、そこから木々の間の山道を抜けて県道の一部を通り、急坂を上って「岡寺」の山門前に出る、そこから更に山道を上り降りしながら歩みを進め「石舞台古墳」の手前付近で視界が開け、眼下には此処も変わらぬ家並みや田園風景が、遠くは葛城山から二上山の景色に癒されながら「石舞台古墳」に着き、集合写真を撮り先へ進むが、列がかなり離れたので「マラ石」付近で列詰め休憩を取る。
石舞台では後続の参加者6名の方が、途中のアップダウンがきつかったのか、又、先の行程も考慮してか此処でリタイアされた。
列を整え稲淵の棚田方面へ進み、満開には少し早い彼岸花を見ながら、多くの他のハイカーの人々と共に前進し「案山子ロード」に、今年で第20回目を迎える案山子コンテスト。
テーマは「田んぼで働く人」で、身長5m・体重300kgのジャンボ案山子「稲淵太郎」をはじめとして「7人の女性が田植え」や「タコが田植え」をする等々のユニークな案山子が52点展示されている。
参加者は思い思いに批評しながら見入り、終点付近の土手には珍しい白・黄色の彼岸花を見て「朝風峠」へ峠を越えて、涼風が頬を撫ぜ気分も爽快で両側には柿やみかん畑の里山を通り「高松塚古墳」へ進み、此処で最後のトイレ休憩と列詰めでアンカーの到着を待ち、残る行程を先へ行き14時50分頃飛鳥駅にゴール。
若干汗ばみながらも秋晴れの中、心地よいウオーキングが出来たのではないでしょうか、お疲れ様でした、最後にありがとうございました。

フォトギャラリーへ