今回は、「弘法大師の足跡」を訪ねての第2弾。五条市に残る弘法大師の伝説を訪ねます。コースはほぼ平坦な道ですが、吉祥寺、井上内親王宇智陵まで、緩やかですが上り道が続きますので、ステッキを使用されている方はお持ちください。

桜井戸(さくらいど)…弘法大師空海が諸国行脚の途中でこの地に立ち寄り、水を所望すると、一人の老婆がずいぶん遠くに離れた川まで水を汲みに行きました。その労をねぎらい錫杖の先で地面を掘ったところ清水がこんこんと湧いてきました。それが今に続く桜井戸の伝説です、今も清らかな水が湧いており、鯉が気持ちよさそうに泳いでいます。
吉祥寺(きっしょうじ)…弘法大師空海は、高野山を開くにあたり高野山を守護するために周囲七里を結界としました。高野山の東北、丑寅の方角に毘沙門天を安置するためにこの地を訪れたところ、空海の前に生身の毘沙門天が現れ、伽藍を建立するよう告げました。そこで空海は毘沙門天の像を彫り、それを祀ったのが当寺の始まりと伝えられています。
犬養山転法輪寺(いぬかいさんてんぽうりんじ)…弘法大師空海は815年、都を離れて修行の場を探す旅に出ました。現在の五条市犬飼町の辺りで道に迷っていると、「南山の犬飼」と名乗る狩人に会いました。そして、狩人から借りた2匹の犬の導きにより、空海は高野山にたどり着いたという伝承があります。後に空海は、狩人と出会った場所に転法輪寺を創建したと伝わります。当寺は弘法大師像を本尊として祀り、境内に並ぶ狩場明神社・丹生都比売(にゅうつひめ)明神社の前には、白と黒の犬の像が置かれています。これがまさに狛犬ですネ。
寄足山生蓮寺(よらせざんしょうれんじ)…嵯峨天皇が皇后の懐妊にあたり、安産祈願と報謝のために、参議の小野篁(おののたかむら)に命じて地蔵菩薩像を安置したのが始まりとされています。現在の本尊は地蔵菩薩坐像で、像高10尺(約3m)を超えるものです。高野山開創前に立ち寄った空海は1尺8寸(約50cm)の小さな地蔵を彫り、本尊の胎内に安置したと伝えられています。その因縁から「よらせ」と云われるようになり、山号が「寄足山」になりました。7月には、境内に美しい蓮の花が咲き誇ります。

このほか道中には、天誅組の本陣になった桜井寺、五新鉄道跡、五条新町の町並み、奈良時代の政争に巻き込まれた弘仁天皇皇后の井上内親王宇智陵、皇后と他戸親王(おさべしんのう)らを祀る御霊神社など、たくさんのみどころがあります。