昨年に続き、今年も大仏鉄道遺構と当尾の里、浄瑠璃寺を訪ねます。
大仏鉄道遺構…明治31年からわずか9年間、加茂と奈良を結ぶ関西(かんせい)鉄道の「大仏線」、通称「大仏鉄道」が走っていました。約120年間、風雪に耐えて残っている遺構の中で観音寺橋台、松谷川隧道、鹿川隧道を巡ります。
「観音寺橋台」は関西本線の橋台と並んでおり、タイミングが合えば、橋台越に列車が走る光景を見ることができます。「松谷川隧道」は要石が大きく、石積みは算木積み。煉瓦はイギリス積みで、焼きすぎたレンガも使用されており、色の濃淡が美しく出ているので見応えがあります。道路幅を拡張した関係で隧道の奥は壁で塞がれています。また、入口付近には関西鉄道社章モニュメントも設置されています。「鹿川隧道」は奈良市内で現存する唯一の隧道です。今も農業用水路を通す隧道として利用されています。
当尾の石仏を訪ねる道…「美しい日本の歩きたくなるみち500選」に選ばれており、岩船寺から浄瑠璃寺にかけての道は「石仏の道」とも呼ばれ、数多くの野仏や石塔に出会えます。その中で、「大門仏谷(如来型磨崖仏)」は当尾の石仏群中、最大の磨崖仏で幅約6mの花崗岩に2.8mの如来坐像が高肉彫りされています。(説明板は阿弥陀仏と記載されていますが弥勒、釈迦如来等の諸説あり)
「大門石仏群」は、細い山道や竹藪の中にあった石仏や石塔を集めて安置し直したもので、双体仏や石龕物、六字名号板碑などあり、変化に富んでいます。
「首切地蔵」は、藪の中三体仏と共に在銘石仏では最古の1262年(弘長2年)の銘を持つ阿弥陀如来坐像。昔、この地から北方に首切りの刑が行われたと云われる地にあったが、一時姿を消して都会に出ていたのを、村人の努力で釈迦寺跡の現地にも戻されたと伝わる。「藪の中三尊磨崖仏」は、藪の中の岩に舟形光背を彫りくぼめ、正面に地蔵菩薩立像、向かって右側に十一面観音菩薩立像、向かって左に阿弥陀如来坐像を配する珍しい配置の石仏です。作者は橘派の橘安縄、当尾の石仏中で最古の弘長2年(1262年)彫刻とあります。その他、巨大な笠石を持ち、像の頭上に斜めに割れ目が走っている「長尾の阿弥陀磨崖仏」等を見て廻ります。
浄瑠璃寺…永承2年(1047年)、当麻の僧・義明が薬師如来を本尊とする浄瑠璃寺の前身・西小田原寺を創建。嘉承2年(1107年)新本堂を建立。久安6年(1150年)興福寺一条院の僧・恵心が庭園の大規模整備を行う。治承2年(1178年)に、京都の一条大宮から三重搭を移築し、創建当初の本尊であった薬師如来を祀る。西方極楽浄土の阿弥陀如来に対し、薬師如来が東方浄瑠璃光浄土におられることから浄瑠璃寺の寺号がついた。本堂(国宝)および九体阿弥陀如来坐像(国宝)、三重塔(国宝)、宝地など、平安時代の貴族の浄土への憧れを、これほど切実に伝えた堂宇は他にありません。お堂内の拝観はしませんが、草花が咲き乱れている宝地を一周しながら、素晴らしい浄土庭園、本堂、三重塔を見て廻ってください。
昨年は6月20日に大仏鉄道の遺構と当尾の里、浄瑠璃寺を訪ねましたが、あいにくの雨天で残念でした。今回は何とか晴天で、皆様とご一緒に加茂の里山を巡りたいと思います。距離は約17Kmと少し長いですが、多数の皆様のご参加をお待ちしております。