金剛・葛城の山々が薄っすらと雪化粧した今日は冷え込む朝となりましたが、日中は天候に恵まれ、駅前で恒例の出発式を終え9時50分頃163名はスタート、最初に訪れたのは「御所まち」へ、江戸時代初期に形成された陣屋町で、葛城川を挟んで西側は商業の町「西御所」、東側は寺内町の「東御所」の当時の古い町並みが残る二つで形成された町で、まず「西御所」に進み商店街を横断してすぐ江戸時代を彷彿させる様な古い建築物が並ぶ、その西町の一角に復元されている「高札場」へ、江戸時代に幕府の重要な法令を木の板(高札)に書いて掲げていた場所で、平成20年、国の「日本風景街道」事業の一環として、ほぼ江戸時代と同じ位置に復元されました。
珍しい「高札場」に見て、美しい格子・土蔵やさまざまな形の虫籠窓(むしこまど)などが使用された町家や酒蔵の土塀の上には枝が這う見事に手入れされた松、また、素敵な「旧御所郵便局」の建物を見ながら、葛城川を越え「東御所」に入り、大橋商店街通りから東町のほぼ中心部に位置する「御所御坊」と呼ばれる「圓照寺」を訪れました。
素晴らしい大きな造りの本堂は入母屋造り本瓦葺きで、境内には枝が四方に長く伸びた見事な松や170有余年大屋根に座していた大きな「鬼瓦」が置かれていて参加者は目を見張り、感嘆の声も。
「圓照寺」を後にして「御所まち」を抜け、次に訪れたのは、修験道の開祖である役行者生誕の地「吉祥草寺」へ、今月14日に行われた左義長(大とんど)法要は1300年の伝統を誇り県内最大で知られています。
寺内施設等の見学を終え、その「吉祥草寺」から京奈和自動車道高架下を東へ「掖上(わきがみ)の道」に進みのんびりとした田園風景の中、東寺田や柏原の集落を巡りJR掖上駅へ東側踏切を渡り、南へ進むと静かな原谷地区の里山風景が広がり右手前方にはこれから上る「国見山」を望み、集落の途中の阿弥陀寺からはなだらかな坂道が続き、集落や田畑が途切れた所に「国見山」の東麓に鎮座する「国見神社」の鳥居が左方向に見え、その鳥居をくぐり急な坂道を暫く上り進むと、神社へ向かう階段が、そこを上り進み更に拝殿前の鳥居から30数段の階段を上って拝殿に出て神社境内広場に、その奥の数多くの苔むす石燈籠の間の階段の上に「国見神社」の本殿が鎮座していました。
夫々参拝を済ませ神社から「国見山(標高229m)」へ、神社から頂上までは約500m・高低差約100mの急な細い樹木の中の坂道を息急きながら一気に上り先頭は約15分で後続は順次遅れながら山頂に到着、山頂では西南方向には金剛・葛城山や吉野大峰山系が、北方向は木立の間からは畝傍山や若草山等を眺望、最高の景色を眺め、記念写真を撮る者も暫しの疲れを癒されていました。
日本書紀には、神武天皇が東征を達して「ほほまの丘:国見山」に上って国見をしたところと伝えていて、山頂には「ほほま丘」の石碑が建っていて「神武天皇聖蹟傳説地」と刻まれていました。
休憩後、反対側から原谷方面に下山、杉・檜や雑木林の中の狭い急な狭い滑りやすい坂道及び階段等を慎重に恐る恐る約500m下り、視界が広がりのどかな里山風景が前方に、途中、左手の杉木立の中に行者堂と地蔵堂が、さらに進んで4体のお地蔵様を祀っている祠から左に抜け通り一般道路に出て、田園風景を望みながら山裾の道を進み木々に覆われた「掖上鑵子塚(わきがみかんすづか)古墳」前を通り、「掖上の道」から分かれて「秋津洲の道」に入り、「御所市市民運動場」に先頭は12時15分頃に、後続は国見山の慎重な下山で相当の遅れを取り約20数分後に到着、ここで昼食休憩を摂りました。

午後は13時15分出発、国見山西側の山裾を南へ、右方向は田園風景が広がり遠くは金剛・葛城山を望みながら富田の集落に入り、民家の間の狭い道を進み整備された砂利の階段を上り、悲劇の英雄「日本武尊(やまとたけるのみこと)白鳥陵」へ、この御陵は「日本武尊」が東征から大和への帰途、伊吹山で傷を負い大和へ目指すが、三重県の「能褒野(のぼの)」で力尽き亡くなり葬られた墓から白鳥が飛び立ち、大和の「琴弾原(ことひきはら):御所市富田」に降りた所のこの地に御陵を築き、さらに白鳥は再び「河内国旧市(ふるいち):羽曳野市」に舞い降りた後、天高く飛んでいったという。
「古事記」によると、「日本武尊」は能褒野で亡くなる前に、故郷を偲んで「大和は国のまほろば たたなづく青垣 山隠(やまごも)れる 大和し美(うるわ)し」と歌を詠んでいる。
御陵を後にして、西へ進み條・室地区の「巨勢山古墳群」地域へ、巨勢山一帯に5世紀から8世紀頃に築造された700基以上の古墳が分布、その一部の「條ウル神古墳」や「みやす塚古墳」「條大池古墳」等々の古墳が点在する中を、周辺の美しい田園風景や金剛葛城の山々を前方に望みながら、室地区内にある緑に覆われた巨大な前方後円墳の宮山古墳の後円部の麓に鎮座する「八幡神社」へ、ここで最後のトイレと列詰め小休止を取り、歩みは国道209号から田園風景が前面に広がる「秋津洲の道」を北へ整然と列は進み、蛇穴(さらき)地区に鎮座する、毎年5月の例祭に、藁で14m余りの大蛇を作り村の各戸を廻る「蛇綱曳き」の神事が行われている「野口神社」を経て、葛城川と柳田川の両河川の合流地点に鎮座する古社の「鴨都波(かもつば)神社」へ、大きな石の鳥居をくぐり、長い参道を西へ進んで森の中に鎮座する本殿から、国道24号に出てJR御所駅前に先頭は14時45分頃にアンカーは15時頃に参加者は無事完歩ゴールしました。