今日は「矢田寺八十八ヶ所へんろ道」をメーンにしたウオーキングで、「四国遍路・八十八ヶ所」は、1,200年前に弘法大師が42歳のときに人々に災難を除くために開いた霊場で、弘法大師亡き後、弟子たちがその遍路を辿ったことが、四国八十八ヶ所お遍路の始まりと伝えられています。
尚、「四国遍路・八十八ヶ所」を一度の旅で全てを巡礼した場合の総延長は1,100kmから1,400km程あると言われていていますが、今日の「矢田寺霊場めぐり」は矢田寺・南僧坊から遍路道が始まり1番霊場から本堂裏の地蔵山をぐるりと一周して88番霊場(結願)の北僧坊までの山道に、四国に実際ある寺の本尊を模して彫られた石仏が続き、石仏の下には各寺院の砂が納められていて、約4.5qの「ミニ霊場」の遍路道になっています。

JR郡山駅で恒例の出発式を終え、9時50分頃参加者248名は、肌寒い曇り空の中スタート、西側の雑穀町の住宅街へ進み、途中、大和大納言・豊臣秀長の菩提寺「春岳院」前を通り、近鉄橿原線を渡り「郡山城跡」に入ってすぐ堀沿いを北へ「追手向櫓」を眺めながら「追手門」をくぐり城内に入り、修復整備された天守台を望みながら内堀に沿って回り進み郡山西公園へ、ここでトイレ休憩を取りました。
「郡山城跡」を後にして、新旧入り交ざった南郡山町の住宅街を通り抜けると、視界が開け前方には田園風景が広がりその遠くには矢田丘陵を望み、田畑が広がる中の道を歩みは進み「大和中央道・県道249号」から富雄川を渡り、暫くして城町地区の新興住宅団地をぬけて、矢田丘陵の東部に位置する緑に覆われた「大和民俗公園」へ、公園の東側入口からしょうぶ園や水車小屋を経て、江戸時代の古民家を移築復元している「町家集落」・「国中(くんなか)集落」の建物前で再びトイレ休憩を取りました。
休憩後、園路をさらに進み西側出口から青少年の教育・支援施設の「里山の駅・風とんぼ」前から公園を後にして、矢田小学校西側の森に鎮座する「航空祖神」として信仰されているという「矢田坐久志玉比古神社」の森の西側を周り、里山風景が広がる矢田町地区内を進み「大和郡山市運動公園」に11時40分後、アンカーは約10分遅れで到着し、昼食休憩を摂りました。

昼食後、平成28年例会の川柳に多く投稿された投稿者の表彰と「矢田寺四国八十八カ所へんろ道」について尾花スタッフから説明を受け、12時20分スタート。
県道189号の緩やかな上りの坂道を、目の前には矢田丘陵を望みながら進み、矢田寺門前町に入ると上り坂は更に急となり、しばらく進んで朱色の山門前に到着、山門をくぐって矢田寺の塔頭の一つ「矢田寺大門坊(だいもんぼう)」までの200数段の階段が待ち受け、息急き喘ぎながら上る参加者も見受けられる中、大門坊前に出て本堂へ向かう石畳の参道の中ほど右側に、大きな「みそなめ地蔵」を眺めながら進んで、さらに数段の階段を上り「矢田寺本堂」に到着、しばしの休憩を取りました。

矢田寺の遍路道は大正14年に篤信者・大阪接待講を中心に開設され、大いに賑わったが、時は移り昭和の戦中・戦後の混乱期を経て台風被害、松枯れ、雑木や竹林が繁茂する等で荒廃して行き、その後、平成15年春に矢田地蔵講による地蔵山の竹林の伐採作業が開始、平成17年には「矢田寺へんろ道保存会」が結成され、毎年復旧作業が続けられ、倒木の除去や草刈り、倒れていた石仏を直したりして、参道整備を続け現在も整備作業が続いているようです。

いよいよ、遍路道へ進みますが、現在83番と84番の間で山道の補修工事により通行ができない為、最初に「北僧坊」から88番札所「大窪寺」(結願)から84番へ逆に廻る「逆打ち」して、元に戻り「南僧坊」から1番札所「霊山寺」から進みました、1番は御本尊の薬師如来と弘法大師を模した石仏が並び赤い前垂れが施され、順次列は整備された狭い山道を進み、各寺院の御本尊の石仏と弘法大師の石仏が山道に沿うように立っており、札所毎に手を合わせ拝む参加者や素通りする参加者は様々で、山道は上り下りが続き、上りが急なところもあり列は長く伸び、山頂近くの51番札所「石手寺」薬師如来と弘法大師の石仏前には、再建された休憩小屋「じゅっぷく小屋」が、ここで夫々に小休止を取り、晴れていれば眼下には奈良盆地の風景が広がり遠くは若草山や春日の山々が眺望できるが、山道を歩き始めて暫くして小雪が降り始め、残念ながら景色は霞んで眺望は出来ませんでした。
小屋から暫く上って山道は下りとなり、小雪が降る中長い列は順次進み、83番札所「一宮寺」正観世音の石仏を最後として、12時50分頃から歩き始めた約4.5qの「ミニへんろ道」ウオークは、アンカーが14時頃到着で終了。
矢田寺山門前から、元来た門前町の道を下り、再び「大和郡山市運動公園」へ、ここでトイレ休憩を取りました。
運動公園辺りで小雪も止み、一行は田園風景が広がる県道189号を東方面へ整然とひたすら進み、「国立奈良高専」の南側を通り抜け、富雄川を渡り進み大和中央道の田中北交差点を北へ暫く進んで東へ、少し高台にある南郡山町の住宅街から市街地に入り永慶寺を経て「郡山城跡」南側の「鷺池」沿いを進み、15時10分頃「鷺池」の東端付近において、近鉄線で帰られる7・80名の参加者に「IVV」を手渡し別れ、残る参加者は更に近鉄線を越え「大和郡山市役所」前から紺屋町に入り「外堀緑地」を抜けてJR郡山駅に先頭は15時30分頃にアンカーは20数分遅れでゴールしました。
「矢田へんろ道」では予期せぬ小雪が降り出しましたが、今回の「ミニ巡礼」ウオークは良かったのではないでしょうか、若干リタイヤされた方はありましたが、皆様無事に18kmを完歩されました、お疲れ様でした。