今日の例会は「壬申の乱の功臣・文祢麻呂(ふみのねまろ)の墓を訪ねる」がメーンテーマ、その「壬申の乱」とは、天智天皇崩御後、672年に天智天皇の子である大友皇子(おおとものおうじ)と天皇の弟である大海人皇子(おおあまのおうじ)との間で皇位継承をめぐり勃発した争いのことで、勝利した大海人皇子は飛鳥浄御原宮(あすかきよみがはらのみや)で天武天皇として即位しました。
文祢麻呂は「日本書紀」や「続日本記」にも登場する人物で、壬申の乱で、大海人皇子に従い活躍した将軍の一人で、天保2年(1831年)に今日訪れた墓から、現在国宝となっている銅製墓誌と、それを納めた銅製箱やガラス製骨蔵器などが出土し、1982年に貴重な遺跡として国の史跡に指定されています。

榛原駅北側の住宅団地内にある高台の公園で参加受付の後出発式を、宇陀市観光課課長補佐から歓迎の言葉と市内の観光案内を受けストレッチ体操等を終え、早春の陽光を浴びながら参加者172名は9時50分公園をスタート、暫く進んで宇陀川に架かる欄干が朱色の「参道神橋」を渡り、川のほとりの高台に鎮座する崇神天皇ゆかりの「墨坂神社」へ、御祭神の墨坂大神(すみさかおおかみ)は「天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、大物主神(おおものぬしのかみ)」等の6柱の神々の総称で、「古事記」・「日本書紀」に登場する国造りの神々様で、境内は広々としていて、その正面には朱色の三連の社殿が、背後には巨木が高く聳えていて荘厳な雰囲気をかもし出していました。
参拝と同時にトイレ休憩を取り、神社を後にして国道369号へ出ました、この国道は奈良から伊勢に通じる旧道「伊勢本街道」になっていて、宇陀川と並行して下流方向へと進み、暫くして宇陀川と分かれ、次に、宇陀川に流入する内牧川と並行して上流に向かい、閑静な山間の比較的交通量の少ない国道を東へ、集団の列は国道山側の側道から川側の歩道へ、川側の歩道から山側の歩道へと繰り返し横断移動しながら、途中には「弘法大師の石清水」の看板が架かった小屋が目に、説明文には『この清水は遠く八世紀半ば弘法大師(空海)が高野山で修業を終え・・・・・行脚の途中、清浄水の補給のため、この聖地で清水を掘り開き・・・・・以来一千百数十年「弘法清浄水」として地元の方々は無論、伊勢詣でする旅人には真水として楽しんでいる。』と記され、その清水の自動販売機の小屋や歴史ある古民家等を横目に見て、又、点在する閑静な集落を通り過ぎ国道を約3km進んで「不動堂」へ、この堂は「大師爪書の不動尊」と呼ばれる磨崖仏(まがいぶつ)が描かれている小さな岩壁に並んだ建物で、かつては茶所と呼ばれた伊勢参宮者への湯茶の接待所であったとされ、「伊勢本街道」は、ここから国道から分かれ、右手の坂道を上り民家の庭先を通り山道へ入って行き国道と並行した杉林の中の、地元ボランティアの皆様で整備された約500mの山道をたどり再び国道に合流しました。
国道から高井の集落に入り、御杖村へ通じる「伊勢本街道」と分かれて、集落内に鎮座する「伊豆神社」を経て、国道369号高井交差点を渡り、暫く進んで「宇陀市基幹集集落センター・たかぎふるさと館」に11時30分頃到着しました。

地元管理の「たかぎふるさと館」の広場をお借りして、暖かい陽だまりの下で昼食休憩を摂りました、食後、平成28年開催の例会に12回以上参加された方を対象とした「ベストウオーカー賞」の表彰を行い、午後は12時10分に出発しました。
内牧川の支流の狭い谷川に沿って杉や雑木林の山間の緩やかな道を上り進み、狭い田畑や集落が点在するのどかな山里を進み、榛原八滝地区に鎮座する「五社神社」へ、ここで小休止を取りながら、八滝の集落を抜け杉林の中の杉の枯葉が散乱した急な上りの林道を喘ぎながら進み、杉林が途切れた場所の「文祢麻呂の墓」に到着しました。
国の史跡に指定されている「文祢麻呂の墓」は山の南斜面に築かれていて、狭い階段を上り四方が石で囲まれ整備された墓へお参り、後方南の景色は杉木立で見通しは悪かったが遠くの山並みを見渡し、墓を後にして暫く進んで林道は途切れ、「沢城址」の案内標識から右に山道に入り、杉木立の中の剥き出た杉の根や枯葉が積もった道の形態がほとんど無い様な山道を一歩一歩慎重に暫く上り進み、途中からは、林業用の杣道か?細く険しい山道を上り下りしながら列は長く続き伊那佐山中腹の山道を約1q歩み、「林道・奥の森米山線」に合流し、ここで列詰め休憩を取りました。
アンカー到着後、杉や雑木林の中の林道を足取りも軽やかに約2km下り進み、視界が開けて田園風景が広がる榛原上井足(かみいだに)地区に出て、農地造成のため移築保存された古墳群の「能峠(ゆきとうげ)遺跡群」へ到着し、思い思いに見学しながら、アンカーの到着を待って、田園風景の中の道を北へ進み、遠く前方には鳥見山、貝ケ平山や額井岳の連なる山並を望みながら歩み、榛原下井足(しもいだに)に鎮座する樹木に囲まれた玉砂利が厚く敷き詰められた参道を通り「宇太水分神社(下社)」へ、参拝とトイレ休憩を取りながら、アンカーが到着後、神社を後にして榛原萩乃里の住宅街を抜け、宇陀川に架かる橋を渡り13時10分頃近鉄・榛原駅前にゴール、今日は古代の歴史を感じながら、のどかな山里や山道を歩き、十分に楽しんでいただけたのではないでしょうか、お疲れ様でした。