今日の例会のメーンテーマは「へぐり時代祭り」で、平群町に関わりのある歴史上の人物が町内を練り歩く「時代祭り」で、毎年、4月最終週の祝日に開催され、2010年の平城遷都1300年祭を契機に始められたもので、今年は第8回目の実施で、ウオーキングの途中に見物いたしました。
元山上口駅前で恒例の出発式を終え、174名は薄曇りで強い風が吹く中、元気にスタート、竜田川沿いの緑の濃い葉桜の並木が続く堤防道路を南へ進み、最初に訪れたのは、梨本地区の長閑な田園風景の小さな森の中に鎮座する「楢本神社」へ、神社の由緒によると、『祭神は「菊理姫命(きくりひめのみこと)」で、水滴に宿る神で、産土神(うぶすながみ:生命の根源の神)にあたる。』と記され、拝殿の奥には立派な朱塗りの本殿があり、境内には珍しい大小の沢山の石燈籠が奉納され、中には享保年(江戸中期)の灯篭も、又、西側入口には安政5年奉納の威厳のある面持ちの小さな狛犬もありました。

「楢本神社」を後にして、東に向かいイチゴ栽培のビニールハウスや菊畑沿い進み、近鉄・生駒線を渡り上庄地区に鎮座する大木の木立に囲まれた「紀氏神社:平群坐紀氏神社(へぐりにますきのうじじんじゃ)」へ、祭神は平群木莵宿禰(へぐりずくのすくね)で、境内社(神社の境内に鎮座する摂社や末社)「春日神社」の鳥居は元禄15年(1702年)の寄進で、石鳥居や石灯籠、狛犬等の石造物があり、そのうち最も古い延宝7年(1679年)の石灯籠もありました。
神社の隣は「ほたるの里公園」として整備されていて、紀氏神社・宮司の話では公園の横を流れる外川(とがわ)では蛍が舞い飛び交う6月には蛍観察会が開催されるとの事です、又、公園の生垣には珍しい紅紫色の花「ベニバナマンサク」が満開で美しい花に感嘆し、高台の公園から西を望むと、新緑に映える信貴の山々眺望しながら、尾花スタッフから「長屋王」に関わる話を聞き、公園を後にして、暫くして御陵苑住宅地区へ進み、「長屋王」夫人の「吉備内親王墓」へ、住宅に囲まれた狭い階段を上り下りし、そこから程近い場所の「長屋王御陵公園内」に築かれている「長屋王」の墓へ進みました。
「ほたるの里公園」での尾花スタッフの話で「長屋王」は奈良時代初期の皇親政治家で、天武天皇の皇子(長男)の太政大臣・高市皇子(たけちのおうじ)の長男で、最高職の左大臣に就任して権勢をふるいましたが、皇位継承にからんで、謀反の疑いをかけられ、藤原氏の陰謀に倒れた悲劇の宰相で、妃の「吉備内親王」は後追い自殺をした云々と、高貴な左大臣の墓にしては小さな墓という印象でした。

墓を後にして、東へのどかな集落内を正面間近に迫る新緑に覆われた矢田丘陵の山々を望みながら歩みは進み、矢田丘陵の山裾の「平群の小菊」栽培の盛んな田園地帯を南へ進み、「道の駅:くまがしステーション」に11時頃到着しました。
ここで、時代行列の見学のため約1時間自由行動とし、道の駅では「くまがしフェステバル」が開催されていて、各自、平群グルメ街や飲食スペース等で舌鼓をされる方等も見受けられ、暫くして、11時に平群町役場を出発した参加総勢300名以上の時代行列は一般道路約1.3kmを、古代から戦国、さらには平成までの絢爛たる時代絵巻を繰り広げ、11時30過ぎ平群町のイメージキャラクターの「長屋くん」と「左近くん」の着ぐるみを先頭に音楽隊や「倭建命」「長屋王・吉備内親王」等々の行列が次々と「道の駅」に到着、沿道を埋め尽くす多くの見学者を初めとして参加者は楽しく見学し、12時に道の駅を後にして、南へ進み、途中、龍田川に架かる橋を西に渡り、12時15分過ぎ「平群中央公園」に到着、ここで昼食休憩を摂りました。
暖かい日差しの下、緑に覆われた公園で昼食を済ませ12時50分出発、前方には新緑に映える生駒山や矢田丘陵の山々を望む高台の光が丘住宅街を抜け13時10分頃、近鉄・平群駅にゴールしました。
今日は天候にも恵まれ、ウオーキングの距離は若干短く、通常の例会より物足りなさがありましたが、周囲の新緑の山々を望みながら、時代行列を楽しまれたのではないでしょうか、ありがとう御座いました。