JR・王寺駅の南側に位置する「王寺西公園」で、参加受付と出発式を実施、出発前に王寺町役場観光担当の前田課長様から歓迎の挨拶を受け、これから訪れる「明神山」の山頂をリニューアルした展望デッキや「誓いのテラス」に取り付けられた「悠久の鐘」が、恋人たちが永遠の愛を誓う特別な空間を演出した等や、又、山頂では360度のパノラマが楽しめる等々のPRをいただき、その期待を胸にストレッチ体操後、参加者260名は薄曇りの中10時にスタートしました。
公園を南へ葛下川の鎌窪橋を南へ渡り、国道25号の地下道をくぐり、元町住宅街から南へ続く緩やかな上りの主要道路の歩道を進み、王寺町健民運動場前へ進んで若干のトイレ休憩を済ませ、再び歩道上を上り下りしながら、県道202号に出て、広大な王子霊園の西側を通り本町地区の大規模住宅街から畠田地区の住宅街へ進み、その住宅街から急な階段を上ると様相が一変し、大規模住宅街に挟まれた緑深い森林地区に入り、緑に覆われた狭い山道を進み、しばらくして森の中に開かれた場所の「菩提キャンプ場」へ、十数匹が泳ぐ緋鯉や真鯉の鯉のぼりに迎えられて、キャンプ場脇の急な長い階段を上り進んで、その先の「畠田公園」へ、ここで、トイレと列詰め休憩を取りました。

休憩後、暫く住宅街を進み、明神4丁目公園の隣に大きな朱色の「明神山鳥居」が、ここからが「明神山」へのハイキングコースの入口で、暫く住宅地内を進むと住宅街から途切れ、いよいよ、「明神山」参道に山頂まで1.66kmの表示を見て、緩やかな舗装された新緑に覆われた道を進み、途中には赤く染まったツツジを眺めながら高低差約160mの参道を、「ちゅういイノシシが出ます」の小さな看板をも見ながら、又、山頂近くの北側展望スペースからは、「亀の瀬:大和川が奈良県から大阪府柏原市へ流れ込む山あいの険しい渓谷で、大規模な地すべりが繰り返された地」を間近に見て、その向こうは信貴山や生駒の山々を望み、少しして山頂へ、水の神様が祀られている「明神山水神社」から展望デッキが整備されている標高273mの山頂に、先頭は11時30分頃、アンカーは20数分遅れで到着しました。

雲間から照り付ける太陽の下、休憩スペースや広場及び展望デッキで周囲の景色を眺めながら夫々思い思いに昼食を摂り、3箇所ある展望デッキからは東方面は大和盆地が一望、大和三山や大和青垣の山々や遠くは台高山脈の高見山を眺望する絶景に、南方面は葛城・金剛の山々が重なり、又、西方面は大阪平野や神戸方面を望み、更には、北方面は生駒・京都方面を、遠くは霞んで見えづらい景色ではありましたが、正に360度の大パノラマで参加者の皆様は食い入るように眺望、その景色を目に焼き付け、素晴らしい景観を楽しまれました。
午後は、12時20分に山頂を出発、元来た参道を下り進み「明神山鳥居」まで戻り、太子地区の住宅街の主要道路を東に進み、歩道には満開に近い白や赤のツツジが続く中、列は軽快に東方面に進み、住宅街を離れて畠田集落の南端の森に囲まれ、ひっそりと鎮座する「白山姫(しらやまひめ)神社」に参拝し、参道の階段を下り鳥居をくぐり抜けると、神社の東側に位置する国指定史跡の「尼寺廃寺(にんじはいじ)跡」へ出ました。

香芝市尼寺地区にある寺院跡で、北に金堂、南に塔を配し、それを回廊で囲む東向きの法隆寺式伽藍配置で、飛鳥時代後半に創建された寺院で、現在は塔跡・金堂跡が整備されていました。
平成28年に開設された「尼寺廃寺跡学習館」でトイレ休憩を取り、尼寺地区内を暫く進み地区内の森の中に鎮座する「尼寺厨(にんじくりや)神社」から、白鳳台地区の住宅街を進み、七世紀後半の飛鳥時代に築造された終末期古墳で国史跡指定の「平野塚穴古墳」へ、横口式石槨を覗き込み見学して、古墳を後にして、田園風景が広がる平野地区の集落を通り、西名阪自動車道のトンネルを抜けると田圃の向こうに「武烈(ぶれつ)天皇陵」の広大な森を望み、その南側を回り進み御陵の東側に鎮座する「志都美神社」へ進みました。
「志都美神社」は江戸時代中期の建立で、元禄年間(1688〜1704)に盲目の僧侶が境内で湧いていた清水で目を洗って霊験があったとの伝承があり、江戸時代の「大和名所図絵」などには「清水(志都美)八幡」として紹介されているとの事です。
神社を後にして第25代「武烈天皇陵」前へ、自然丘陵をそのまま利用した壮大な御陵を後にして、先頭は14時10分頃、アンカーは約15分遅れでJR・志都美駅にゴールいたしました。
今日も天候に恵まれ、「明神山」から展望するパノラマの景色に堪能されたのではないでしょうか。