天気は予報通り朝から小雨が降り出し参加者の出足が鈍く、67名と残念ながらの今年最少参加人数となり、かつ、今日は、近畿地方も昨日の九州地方に続き梅雨入りとなり、ウオーカーに取っては嫌な季節となって来ました。
恒例の出発式を終え、小雨が降る中、雨合羽や傘を差した参加者は、奈良駅前を出発し、暫くして歴史的町並みが残る旧市街地の「ならまち」に入り早々と「ならまち」を通り抜けて、高畑町に入って間もなく県営高畑観光駐車場でトイレと列詰め休憩を取り、閑静な高畑地区内の住宅街に建つ、白樺派の文豪「志賀直哉」が昭和4年から9年間住んだと云う「志賀直哉旧居」前を通り、「滝坂の道」へ進みました。
春日原始林の緑の木々に覆われた剣豪の里・柳生に通じる旧柳生街道で、江戸時代には柳生道場をめざす武者修行の武士たちが歩いたという、昼なお薄暗い樹林に覆われた石畳道を、能登川の渓流に沿ってせせらぎの音を聞き癒され息急きしながら上り進み、途中には、山の上から転げ落ちたと言われる石の裏側に鮮明ではないが、大日如来が横に刻まれていると言う「寝仏」を見て、更に急な山道を上に進んで、鎌倉時代に彫られた人の背丈ほどもある夕日を受ける西向きの石仏で、山道からは少し見にくい「夕日観音」を望みながら、渓流に架かる小さい石橋を渡り暫く進むと、高い岩壁に3体の磨崖仏が彫られている「朝日観音」へ、早朝、高円山の山頂から昇る朝日に真っ先に照らされるところからこの名前が付いたと言われている。
「朝日観音」から更に約500m上り進んで、像高約1.8mの地蔵菩薩の「首切り地蔵」がある広場に11時40分頃到着しました。
この「首切り地蔵」は、ちょうど首の部分で横一文字に切られたお地蔵様で、柳生の里に剣の修業に通っていた柳生十兵衛の弟子の荒木又衛門が、この地蔵で剣の試し斬りをしたとの伝説があります。

この頃、雨も小康状況になり、30名程度が入れる東屋の「首切り地蔵休憩舎」や木々の下で昼食を摂りました。
昼食時に、此処、湿潤な場所に生息する吸血性のヒル類の「ヤマヒル」に、出発時に注意喚起しておりましたが、数人の方が被害にあわれましたが、大した事にならず安堵しました。
出発前には中西スタッフから「お地蔵さん」は何故「よだれかけ」や「前掛け」をしている等々の「地蔵さん」にまつわる話を面白可笑しく聞き、12時20分頃広場を出発、鬱蒼と繁茂した春日原始林内にある「春日奥山遊歩道」を、天気が良ければ森林浴を楽しみながらのウオークとなりますが、足早に列は若干離れ離れになりましたが、約4qの小雨に煙る遊歩道を元気に下り進み、高畑町地区に戻り「春日大社」に通じる「上の禰宜道」へ、かつて、高畑の社家町から春日の禰宜(神官)たちが春日大社へ通った道で、若宮神社から「春日大社」の境内を通り抜け、若草山へ通じる手前の「水屋橋トイレ」で列詰め休憩を取り、春日大社神苑を西へ進み奈良国立博物館前から興福寺境内へ進み、五重塔から南円堂前へ13時50分頃到着、完歩証明の「IVV」をお渡し解散いたしました。
一日中小雨が降る中でしたが、参加者の皆様は元気に15km完歩されました、お疲れ様でした。