猛暑が続く今日のウオークのメーンは毎年8月15日に「奈良大文字送り火」が開催される、高円山の火床を訪れました。
暑さを物ともせず254名の多くの参加者を迎え、恒例の出発式を終えJR・奈良駅を9時50分頃大集団はスタートしました。
一行は「ならまち大通り」を東に進み、高畑町にある「名勝・旧大乗院庭園文化館」に到着、この大乗院は興福寺の門跡寺院(皇族・公家が住職を務める特定の寺院)で、廃仏毀釈の影響で明治初年に廃寺となったが、室町時代に庭師の第一人者の善阿弥(ぜんあみ)が作庭したと伝わる庭園は残され、戦後その一部が整備され奈良県随一の名園として、昭和33年(1958年)に国の名勝に指定されました。
館内からは美しく整備された見事な庭園が一望でき、池の小島に紅色の満開のサルスベリ(百日紅)が一本誇らしげに緑の中に映えていました。
文化館を後にして更に東へ、旧柳生街道に続く高畑町の閑静な住宅街の美しい緑の並木道を進み、新薬師寺を過ぎて、視界が開け白毫寺町に入り、高円山を望みながら住宅街を抜け、高円山西北の山麓に位置する「東山緑地」に11時頃到着、早めの昼食休憩を摂りました。

午後は11時45分出発、途中、100段余りの階段の上にある「白毫寺」のその下を通り進み、緩やかな坂道を上り、「寺山霊苑」前を経ていよいよ「高円山登り口」へ、緩やかな坂道から徐々に狭い登山道は急となり、長い列は息急き、喘ぎながら進み、約40分要して登山道の樹木林を抜け視界が開け、火床の裾野に順次登り着き一息付きながら、更に山頂付近の火床の「大」の字の頂点に到着、眼下には若草山、東大寺大仏殿をはじめ、奈良市街地や奈良盆地を見渡す大パノラマに疲れを癒され、暫し、その素晴らしい絶景に見とれていました。
ここで「奈良大文字保存会」の田中様から説明を、「大」の文字は、火床が108穴、第一画が109m、第二画が164m、第三画が128mと、日本最大級の大きさで、「大文字の送り火」は戦争で亡くなった方々の魂を慰めるため昭和35年(1960年)から始められ、今は亡くなられた全ての人々の慰霊と世界平和を祈る行事として、古都奈良の夏の風物詩として親しまれていて、当日「大文字」の点火に先立ち、春日大社境内の飛火野では、春日大社の神職による神式慰霊祭と、県下30余りの寺院の僧侶による仏式慰霊祭が宗教枠を越えて合同で行い、亡くなった方々の慰霊と平和を祈るという珍しい形で行われる等々、詳細な説明を受けた後、火床から標高432mの高円山三角点を往復しました。

13時30分頃火床を後にして暫く下って、途中、元来た登山道から分かれ旧柳生街道の「滝坂の道」方面へ下り進むが、この下山道は狭く急峻で滑りやすく、一歩一歩踏みしめながら慎重に進み、無事、「滝坂の道」に到着、ここで一休みしました。
その後、「滝坂の道」を軽やかな足取りで緩やかな下りの山道を進み、高畑町から春日大社に通じる「上の禰宜道」(ささやきの小径)に入り進み、「鹿苑」から鹿や観光客で賑わう春日大社参道を経て、「鶯池」に浮かぶ「浮見堂」へ、湖畔には白や紅色の百日紅が華やかに咲いていて、疲れを癒してくれました。
又、「浮見堂」の東向こうには、先程、登ってきた「高円山火床」を望み参加者の皆様は、感慨深げに眺めていました。
20数分遅れでアンカーの到着後、「浮見堂」を後にして、春日大社の一之鳥居から三条通りへ進み、猿沢池前で近鉄・奈良駅方面に帰られる方とは別れ、残る参加者はJR・奈良駅に15時過ぎゴールいたしました。
盛夏の中、体力に自信の無い数名は残念ながら「高円山」登山を断念されましたが、残る参加者は無事完歩されました、大変お疲れ様でした。