前夜の雨も止み心配された空模様は曇り空で201名の多くの参加者を迎え、JR・王寺駅前の連絡通路デッキ上で恒例の出発式を終え、9時50分頃スタートしました。
一行は、王寺町の中心街を抜け大和川に架かる「わかくさ橋」を渡り三郷町に入り、大和川北岸の堤防道路を東に進み、斑鳩町神南地区の住宅街へ進み、最初に訪れたのは住宅が接近する小高い山で、古来から神の鎮座する山とされている「三室山」へ、その「三室山」の中腹に鎮座する「神岳(かみおか)神社」を経て北面の急な坂道や階段を下り竜田川へ出ました。
秋の紅葉をはじめとして、現在は、春は桜の名所としても広く知られている竜田川沿いの県立「竜田公園」へ、この時期は緑に覆われていて綺麗に整備された園路を北へ約1.2q進み、欄干が朱色の「念仏橋」手前でトイレと列詰め休憩を取り、アンカーの到着後「念仏橋」を東へ渡り「藤ノ木・業平つれづれの道」へ、この道は『法隆寺から、歴史的町並の西里から藤ノ木古墳・龍田神社等を経て、在原業平のロマンあふれる伝説の地まで、歴史へのタイムスリップと、平安の恋心に触れるつれづれの道』として斑鳩町観光協会が約5qのハイキングコースとして整備された道で、その一部を歩きました。
因みに在原業平は平安時代の貴人・歌人で、代表歌には、百人一首でおなじみの「千早ふる神代も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは」を詠んでいます。

「つれづれの道」に入って、山裾南側の静かな佇まいの龍田北地区住宅街のなだらかな坂道を上り進み東へ、住宅街を抜けて暫く竹藪の中の狭い山道から田圃の畦道を進み、再び竜田北の住宅街に入り斑鳩中学校を経て健民運動公園から視界が開け前方には「藤ノ木古墳」が、直径48mの円墳で、全長14.5mの両袖式の横穴式石室を持つ6世紀後半ごろに築造され、大きな盗掘を受けず、東アジアでも超一級の金銅製馬具のセットが石室内から出土した古墳で、ここで列詰め休憩を取りました。
その後、歩みは「つれづれの道」を更に進み、幅3m程の細い道に沿って両側に土塀と重厚な民家の建物が続く「西里の町並み」に入り、「法隆寺」の玄関に当たる総門で国宝の「南大門」前に11時30分頃到着、門前の広場で昼食休憩を摂りました。

午後は12時15分スタート、「南大門」から法隆寺境内に入って東に進み、同じく国宝の「東大門」をくぐって北へ進み、「法隆寺」の北東に位置する天満山に鎮座する「斑鳩神社」へ、50数段の急な階段を上り菅原道真を祀る「斑鳩神社」を抜けて、暫くすると「法隆寺」の五重塔と「法起寺」の三重塔と併せて斑鳩三塔と言われる一つの「法輪寺」の三重塔が見え隠れし、山裾の自転車道を進んで「法輪寺」に到着、ここで暫しの列詰め休憩を取りました。
「法輪寺」からは東前方の景色は大和盆地が広がり、その遠くには霞む青垣の山々を望み、県道沿いの自転車道を長い列は「法輪寺」から東へ進み、間もなく「法起寺」に到着、西門前から高さ24mの三重塔としては日本最古である「法起寺」の三重塔を横目に見ながら、黄色の稲穂が出始めた田園が広がる中の道から、県道の「トウカエデ」の並木道が続く歩道を経て法隆寺東地区から法隆寺南地区へ進み、聖徳太子が住んでいたと言い伝えが残る場所の「上宮(かみや)遺跡公園」へ、ここで最後の列詰め休憩を行い、暫くしてアンカー到着後、列は進み「阿波地区」集落の鎮守杜で木造鳥居には「素盞嗚命(スサノオノミコト)」が書かれた額がある「阿波神社」へ、神社を後にして阿波地区の稲穂が黄金色に染まり始める田園の中を進み、13時50分頃JR・法隆寺駅に無事ゴールしました。
今日は曇り空で時折日差しが射す中、この時期まだ日中は暑い一日でしたが、参加者の皆様には斑鳩の里を楽しくウオーキングしていただきました。