梅雨を思わせるような日々が続く今日は、運よく朝から晴れてウオーキング日和となりました。
今回の大仏鉄道遺構めぐりは、今から100年以上前の明治31年4月に加茂と奈良を結ぶ区間9.9qを開業した路線でしたが、明治40年11月に廃線、僅か9年でその歴史を終えました、その路線の跡には今も隧道(ずいどう:川の水や人を通すためのトンネル)や橋台(橋の上部構造の両端を支える基礎)などの遺構が所々に残されていて、今日はその当時に思いを馳せながら廃線跡を巡りました。
JR・加茂駅で参加受付開始して間もなく、JRでハプニングが発生、9時前後JR関西線(大和路線)の八尾付近で車両故障のため、その影響で各列車の到着が大幅に遅れ、参加者の皆様も戸惑いの中9時50分過ぎに最後の受付を終え10時10分頃スタートとなりました。
出発前にスタッフから大仏鉄道の説明を受けた後、参加者173名は加茂駅をスタート暫くして、昭和12年製の「貴婦人」の名で親しまれた蒸気機関車「C57SL展示場」前を通過し、隣接の加茂小学校校舎の窓からは多くの学童の見送りを受け、加茂町市街地を抜け稲刈りがほぼ終わった長閑な田園風景を見渡しながら長蛇の列の足取りは軽やかに石部川沿いを進み、関西本線の橋梁の向こうに並行して石積みの橋台のみが残る「観音寺(かんおんじ)橋台」を通り、暫く草木が茂った廃線跡沿いから、今も残る里山風景を望みながら竹藪や雑木林の中を進み「鹿背山(かせやま)橋台」へ此処も堅固な構えの石積みの橋台が残り、更に雑木林を進み抜けて視界が開け、右前方には大規模な城山台の住宅団地開発が進み、敷地と隣接する美加ノ原カントリークラブの雑木林沿いの歩道を進み、歩道から逸れて田畑の方へ下り進んでアーチ式の隧道「梶ヶ谷(かじかだに)隧道」へ、この隧道の構造は上部のアーチ部分はレンガ造り、下部が石積みの隧道で、草木に覆われた隧道内部に吸い込まれるように通り抜け、更に、現在も廃線跡を生活道路として使用されている、レンガ造りの「赤橋」の下をくぐり抜けて、「城山台公園」に11時20分頃到着。

太陽が陰り曇り空の中、小高い丘になった広場で昼食休憩の後、スタッフから午後に訪れる遺構の説明を受け12時15分出発、城山台住宅団地を後にして、廃線跡の一般道路を南へ歩みを進め、木立や竹藪沿いから田畑を望む高台の道路を下り進み県道44号と交差する梅谷交差点へ、今は現存しないが、この交差点付近の河川を越える「井関川橋梁跡」を通過して、梅美台住宅団地内を進み、団地の南側に位置する梅美台西交差点へ、その交差点北側に残る、現在は閉鎖されている「松谷川隧道」へ、色の違うレンガが交互に配置されている珍しいレンガ造りの隧道を興味深く見て、交差点を南へ越えてすぐに木津川市の施設で、地元特産品の筍をデザイン化した、高さ47.1mの「タッタタワー木津川市(上水道木津南配水池)」に入り、普段は入ることが難しいが、木津川市のご厚意により担当者の案内でタワーの頂上へ三百数十段の階段を上り進み「東大寺大仏殿」を初めとして360度のパノラマを楽しみました。
「タッタタワー」を後にして、廃線跡の現在は県道44号として整備された道路を暫く緩やかな坂道を南へ上り進んで府県境へ、ここで木津川市と別れ奈良市に入り梅谷口交差点を少し進んで、農業用水路の目的で造られた石積みの「鹿川(しかがわ)隧道」へ、今回は、この隧道に隣接する「障がい者支援施設」経営の「社会福祉法人中川会」様のご厚意により、敷地内を通り東側から見学させていただきました。
その後、更に県道44号を緩やかな上りの坂道を南へ進み、目の前に道路の上を高く横断する跨線橋が、この場所に大仏鉄道で唯一トンネルがあった「黒髪山トンネル跡」を通過して「鴻池運動公園」へ進み、トイレと列詰め休憩を取りました。
アンカーを待つ間、スタッフから「黒髪山トンネル」について詳細な説明を受け、雲が厚く怪しい空模様の中「鴻池運動公園」を後にして法蓮町の市街地を進み、大仏駅跡地付近に造られた公園「大仏鉄道記念公園」を通過して、佐保川沿いからJR関西線沿いに進み、国道369号の油阪交差点手前に15時頃到着、此処をゴールとしまして近鉄及びJR・奈良駅方面へ疲れた様子もなく元気に夫々帰途に着かれました。