今回の例会は「陵(みささぎ):天皇・皇后などの墓所」巡りで、平城宮跡の北側に分布する4世紀から5世紀中心に築造されたとされる「佐紀盾列(さきたてなみ)古墳群(佐紀古墳群)」を、200mを超える大型の前方後円墳7基を含む中型の前方後円墳、円墳・方墳などからなり、大型古墳のすべては陵墓および陵墓参考地として、宮内庁が管理しています。
今日は、少し肌寒い朝でしたが、279名の多くの参加者を迎え、JR・奈良駅西側で出発式を終え9時50分スタート、大宮町から芝辻町住宅街の狭い道から長蛇の列は、裸の桜並木が続く佐保川を西に暫く進み、国道24号・奈良バイパスの歩道上を北へ進んで「ウワナベ古墳」へ、ここで最初の列詰め休憩を、この古墳は広い周壕をめぐらせ、樹木に覆われた墳丘長205.4mの大きな前方後円墳で、実際の被葬者は明らかでないが「被葬候補者:第16代仁徳天皇の皇后八田皇女(やたのおうじょ)」として「宇和奈辺陵墓参考地」として宮内庁が管理しています。
アンカーの到着後、南側の長い周濠沿いを進んで航空自衛隊奈良基地の正門前を通り「コナベ古墳」へ、この古墳も周濠に囲まれていて墳丘の長さは204mの前方後円墳で、「ウワナベ古墳」と同様に、被葬者は明らかでないが「被葬候補者:第16代仁徳天皇の皇后磐之媛命(いわのひめのみこと)」として「子奈辺陵墓参考地」としています。
「コナベ古墳」の周濠と自衛隊基地の間の道をゆったりとした足取りで北へ進み、第16代仁徳天皇の皇后「磐之媛命陵(ヒシアゲ古墳)」へ、墳丘長219mの前方後円墳で、周濠に囲まれた古墳の南面は二重の濠になっていて、その南面部の整備された狭い道に入り御陵の拝所前に到着、ここで、スタッフから古墳に関わる解説に耳を傾け、暫しの休憩を取りました。
説明を終え、御陵南側に位置する奈良県景観資産となっている広大な「水上池」の長い池沿いを周囲の景色を眺めながら長い列は進み、水面には優雅に泳ぐ白鳥を見、又、池の向こうの若草山や春日山の連なる山々の美しい景色を望みながら、平城宮跡遺構展示館前に11時10分頃到着、ここで、少し早い昼食休憩を摂りました。

午後のスタート前にスタッフより古墳の続きの説明を約十数分、参加者の皆様は熱心に聞き入り12時過ぎスタート、広大な平城宮跡の北端に位置する「大極殿」の裏側を通り、佐紀町に入り佐紀池と御前池の間の小さな森に鎮座する「佐紀神社(亀畑)」前を通過し、静かな佇まいの山陵(みささぎ)町に入り「山上八幡神宮」前からすぐに、右側に第11代垂仁天皇の皇后「日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)陵」の墳丘長207mの前方後円墳「佐紀陵山(さきみささぎやま)古墳」と左側の「孝謙(称徳)天皇陵(佐紀高塚古墳)」に隣接して、北側に、墳丘長218.5mの「成務天皇陵(佐紀石塚山古墳)」が続き、鬱蒼と茂った樹木に覆われて綺麗に整備された、各御陵の間の静な雰囲気の周濠沿いを縫うようにのんびりと進み、住宅地に出て近鉄・平城駅前から北へ、小高い森に鎮座する「山陵八幡神社」前から暫く北へ進み、石畳の長い階段を上り、第14代仲哀(ちゅうあい)天皇の皇后「神功皇后陵(五社神(ごさし)古墳)」へ、墳丘長は275mの前方後円墳で、佐紀盾列古墳群では最大の古墳で、御陵の拝所前でスタッフの説明を聞きながら休憩を、御陵を後にして山陵町の山間の静かな佇まいの住宅地や田畑の中を進み、歌姫町に鎮座する「添御縣坐(そうのみあがたにいます)神社」へ、参拝と共に、ここでもスタッフの説明を受けながらトイレと列詰め休憩を取りました。因みに、御縣とは、天皇に食事を献上するための野菜を栽培する神聖な御料地です。
休憩後、歌姫町の鄙びた町並みの狭い道を進み、のどかな田園風景をも望みながら長い列は整然と「磐之媛命陵」北側の狭い雑木林の中を進み、国道24号高架下をくぐり、やがて平城左京住宅団地の東南部に出て、JR・平城山(ならやま)駅に13時40分頃ゴールしました。
今日のコースは全体的に平坦な道で、参加者の皆様は足取りも軽やかに緑豊かな「みささぎの道」を楽しんでいただけたと思います、ありがとう御座いました。