2回目の「うるはしの大和路一周ウオーク」は、大和盆地南西部に位置する御所市を、神話のふるさと「葛城古道」から「巨勢の道」を歩きました。
ストレッチ体操で体をほぐし、穏やかに晴れ渡った青空の下、参加者229名は9時50分元気にスタート、国道24号を横断し「柳田川」沿いを西へ、この時期まだつぼみが固い桜並木の堤防道路を、途中、桜の木の枝には鳥が運んできた種子で付着し成長した、大きな丸い多くの「宿り木」を眺め、又、前方の葛城山を目の前にして狭い道から県道に出て、上りの道を少し汗ばみながら「鴨山口神社」へ進み、ここで、後続が信号待ち等で若干遅れたため列詰め休憩を取り、上りの坂道をさらに西へ進んで、六体の地蔵が刻まれた巨石の「六地蔵石仏」へ、ここから金剛・葛城山山麓沿いの神話のふるさと「葛城古道」に入り、標高の高いのどかな田園地帯が広がる「葛城の道」を南へ歩みを進め、本来なら大和盆地や遠くの山々の美しい景色を望むことが出来ますが、今日は残念ながら霞がかかり眺望が出来ない状況で「九品寺」を経て、願い事を一言だけ聞いてくれる「一言さん」として親しまれている「一言主神社」へ長い階段を上り参拝、トイレ休憩と列詰め休憩取りました。

神社を後にして杉並木が続く参道を東へ大鳥居を過ぎて、進路を南へ緩やかな上りの坂道が続く豊田地区から、長柄地区へ古い民家の美しい家並みや重要文化財の「中村邸」前を進み、佐田地区に入り地区内に鎮座する「春日神社」から急な上り道を暫く進み、視界が開け更に標高が上がり田園風景や金剛・葛城の山々を望み、緩やかになった上りの道を南進して、南郷地区に鎮座する「住吉神社」付近から、又、道は更に急な上りとなり山麓線(県道30号)に出て、山麓線沿いから、なお、暫く上りが続く坂道の高台に位置する、葛城山麓に囲まれた「吐田(はんだ)極楽寺」に少し疲れた足取りで12時10分頃先頭が、十数分遅れでアンカーが到着、お寺の周辺や歴史を感じさせる鐘を備えた鐘桜門をくぐって境内の美しく手入れされた庭園を眺めながら穏やかな陽射しの中昼食休憩を摂りました。

午後は13時「極楽寺」を出発、山麓線から伏見の集落に入り、田園風景が広がり金剛山を右に見て曲がりくねった下りの舗装道を南進して鴨神地区内へ、金剛山の東山麓に鎮座する「高鴨神社」へ、この神社は、京都の賀茂神社(上賀茂神社・下鴨神社)を始めとする全国のカモ(鴨・賀茂・加茂)神社の総本社と称し、鬱蒼と茂る木々の静かな佇まいの境内奥の20数段の階段を上り、新しく改修された拝殿で参拝と共に境内でトイレと列詰め休憩を取りました。
神社から金剛山を背にして鴨神地区の広く視界の開けた田園地帯の緩やかな下り道を進み、時おり風が吹き、途中の沿道には薫り高い黄色く咲いた「蝋梅(ろうばい)」の花を観賞、癒されながら「風の森峠」へ進み「葛城の道」と別れ、国道24号の鴨神交差点を渡り、山沿いの狭い道を左に高台を走る国道を見て北へ進み、船路地区に入り小高い山裾にある「ツツジ」をはじめとする花の寺で名高い「船宿寺」に進んで、ここで最後のトイレと列詰め休憩を取りました。

「船宿寺」を後にして、ここから「巨勢の道」に入り、6世紀初めに勢力を誇った古代豪族の巨勢氏の本拠になった地で、山裾の川沿いの「巨勢の道」を北へ、左手前方に金剛・葛城山を望みながら東持田地区から栗阪地区へ進み、暫く県道の急な上りの坂道を東に進み「栗阪峠」を越えて、山間となる緩やかな下りの県道を進み、緑に覆われた美しい里山風景ののどかな朝町地区の点在する集落を通り過ぎ古瀬地区に鎮座する「川合八幡神社」へ、この神社では、毎年秋に「ヒキアイモチ行事」が開催され、藁で編んだ中に餅を入れた「コグツ」と呼ばれる袋を担いで石段を駆け上がり、そして「コグツ」についた綱を子供達が引き回し、最後に中の餅を配るという祭事が行われていて、社殿には過去の「コグツ」が吊り下げられ保存されていました。
神社を後にして、JR和歌山線沿いを北へ進み15時20分頃JR・近鉄・吉野口駅に先頭が、アンカーは十数分遅れで無事ゴールしました。
完歩証明として御所市のマスコットキャラクターの「ゴセンちゃん」を印刷した「IVV」を受け取り、夫々帰途に着かれました、今日は天候にも恵まれ、少し汗ばむ様な陽気でもありましたが、18qの長距離お疲れ様でした。