雲一つない青空の下、絶好のウオーキング日和に恵まれ、本年3回目の「うるはしの大和路一周ウオーク」は、御所市「巨勢の道」から「土佐街道」を経て「明日香路」に入り、「磐余(いわれ)の道」を進み桜井市までの約22kmを歩きました。
駅前広場で出発式の後、9時50分参加者211名は元気にスタート、長蛇の列は古い町並みが残る古道「巨勢の道」が通る国道309号を北へ進み、途中、御所市葛公民館前から「巨勢の道」と別れ、高取町に入り曽我川沿いには、ちらほら咲きの桜を見ながら、県道120号を丹生谷地区から市尾地区へ点在する集落内を北へ進み、市尾天満神社前から近鉄・市尾駅前を通過して、緑に覆われた山間の緩やかな上りの一般道路の車道を長くなった列はひたすら東へ約2km進んで、途中、国道169号を横断して列詰め小休止を取り、高取町のメーンストリートの「土佐街道」に進み、3月末まで「町家の雛祭り」が行われている、商家や町家が建ち並ぶ静かなたたずまいの「土佐街道」から明日香村に入り、国営飛鳥歴史公園「キトラ古墳周辺地区」へ、スタートから8km地点の「キトラ古墳壁画体験館・四神の館」に11時25分頃到着。
ここで、トイレ休憩を兼ねて、約20分程度の短い時間でした自由時間を取り、実物大に再現された石室、精緻に描かれた四神像(青龍・白虎・朱雀・玄武)画像、壁画等が展示された館内の見学を行いました。

「四神の館」を後にして、「キトラ古墳周辺地区」の美しく整備された公園風景や田園風景の中の県道の緩やかな下りの坂道を北へ進み、前方には大和三山の一つ「畝傍山」等を望みながら、飛鳥の西南に位置する「檜隈の里」へ、彩色壁画(国宝)が発見された古墳「高松塚古墳」へ、綺麗に整備され生垣に囲まれた、直径(下段23m・上段18m)、高さ5mの二段式の円墳の古墳を見て、隣接する文武天皇陵から、ミカン畑や田園地帯の静な山里の集落内を経て、稲淵の朝風峠へ通じる急な上りの坂道を進み、やがて山間を走る「農免道路」に出て暫く上り進むと、左方向には大和盆地を、遠くに二上山や信貴・生駒の山々を望みながら道路の峠に進み、東方向の前方は広く視界が開け、眼下には稲渕地区の美しい田園風景が広がり「農免道路」と別れ、山麓の遊歩道に入り棚田風景や多武峰の山々を望みながら国営歴史公園「祝戸地区」から「石舞台古墳地区」へ長く離れ離れになった列は進み、スタートから12.5q地点の「石舞台古墳」に先頭は12時30分頃、10数分遅れでアンカーが到着、芝生広場や休憩所等で思い思いの場所で、暖かい陽射しの下、少し遅い昼食休憩を摂りました。

午後は13時20分「石舞台古墳」を後にして、古い町並みが残る島庄・岡地区の集落を通り、「飛鳥京」遺跡が随所に残る遺跡の一つで、7世紀中頃に皇極天皇が営んだ皇居とされる「伝飛鳥板蓋(いたぶき)宮跡」へ進み、「明日香路」を足取りも軽やかに、甘樫丘や香久山を望みながら、飛鳥の原風景が残る長閑な田園地帯の中を長蛇の列は、日本最古の飛鳥大仏(釈迦如来像)が安置されている「飛鳥寺」境内を通り抜け「飛鳥坐神社」を経て、東前方に多武峰の山々を望み田園地帯を進み「明日香路」を後にして桜井市に入り、国の特別史跡に指定されている古代寺院「山田寺跡」に到着、ここで、列詰め小休憩を取りました。
アンカーの到着後「山田寺跡」を後にして、飛鳥から桜井に至る、古代の幹線道路「磐余(いわれ)の道」を、緩やかな下りが続く歩道上を広がる田園風景や、沿道には黄色く咲く「レンギョウ」の花等を眺めながら、又、前方には三輪山や大和青垣の山々の景色を眺望しながら約2q進み、桜井市市街地に入り、スタートから19.5km地点の「安倍文殊院」に到着、御本尊は「三人寄れば文殊の智恵」の格言で有名な文殊菩薩で、日本最大(7m)・快慶作の国宝で、大化改新の時に左大臣となった安倍倉梯麻呂(あべのくらはしまろ)が創建、境内の桜は残念ながらちらほら咲きで、トイレ休憩を取りながら、本堂に参拝や境内の散策等行い、「安倍文殊院」を後にしてゴールを目指し、桜井駅に15時20分頃到着、参加者の皆様は元気に疲れた様子もなく22kmを完歩され、完歩証明として「あたかちゃん」を印刷した「IVV」を受け取り、夫々帰途に着かれました、ありがとう御座いました。
因みに「あたかちゃん」とは、橿原市・高取町・明日香村で構成する橿原・高市広域行政事務組合のマスコットキャラクターで、名前は構成市町村の頭文字、明日香村の「あ」、高取町の「た」、橿原市の「か」をあわせて「あたか」と名付けられ、体の形は3市町村の地図の形になっていて、地図から抜けだした妖精です。