今回の例会は、毎年7月7日七夕の日、高田市内の「奥田捨篠池(すてしのいけ)」で1300年を超える歴史を持つ、県の無形民俗文化財に指定されている「蓮取り行事」が行われ、この「蓮の花」を吉野山金峯山寺・蔵王堂で行われる伝統の「蓮華会・蛙とび行事」に供える行事の一環として行われるもので、その見学をメーンとしてJR・高田駅からJR・御所駅までの13qを歩きました。
活発な梅雨前線の活動による記録的な大雨が2・3日前から西日本で降り続く中、奈良地方も昨日から続く雨で、又、雨の影響でJR和歌山線・桜井線が始発から運休状態で、残念ながら参加者の出足が悪く38名(内スタッフ22名)の最悪の参加者となりました。
近鉄線を利用して来られた参加者はJR・高田駅で迎え、9時10分頃小雨が降る中スタート、暫くして「八幡神社」から「高田城址」を後にして、今里交差点から通過車両交通の多い一般道路を合羽や傘の列は続き約1.5q南へ進んで、葛城川右岸堤防道路の「自転車道」に入り、緑濃い桜並木を進んで「自転車道」から分かれ長閑な田園風景が広がる中を進み、途中、役行者の母「刀良売(とらめ)」の墓へ、この時、時刻は丁度10時で、花火の大きな音が一発鳴り響き「蓮取り行事」開始の合図で、その約10分後「奥田捨篠池」に到着、式典は進んでいて、11時まで「蓮取り行事」見学に自由時間を取りました。

池には、蕾や開花した蓮の花が緑の中に美しく映え、又、池の周囲には雨にもかかわらず大勢の見学の方々で賑わい、式典では修行者が行を唱える中、来賓による「蓮の花」の献花などが続き、やがて、10時20分頃「蓮取り船」に乗って、修行者が勇ましく吹く法螺貝の音も高く、古式にのっとり厳かに蓮取りが行われました。
その後の行事は「刀良売の墓」に「蓮の花」を献じての供養や「弁天神社」での護摩法要等が12時30分頃まで続きますが、途中にして、11時「捨篠池」を出発、しばらく東方面に進んで根成柿地区に鎮座する、祭神が菅原道真公の静寂な佇まいの「天満神社」へ、境内には逆立ちしたような珍しい狛犬・獅子一対が据えられていました。
神社を後にして、歩みは西へ進み、雲間にかすかに見える葛城山を前方にして、葛城大橋を渡り11時30分頃、葛城市「新町運動公園」へ、ここのスタンドをお借りして昼食休憩を摂りました。

綺麗に整備された野球場や芝生グランド、及び、運動公園の向こうには雲がたなびく葛城山を望みながら、昼食を済ませ、12時10分午後のスタート、再び、葛城川右岸堤防道路を南へ進み、御所市に入り葛城川から分かれて、南十三地区に鎮座する、小さな社が2社を並び建てられた「住吉神社」を過ぎ、茅原地区に進み、修験道の開祖である役行者誕生所「吉祥草寺(きっしょうそうじ)」へ、本尊は不動明王を中心とする五大力尊で、毎年1月14日には高さが5mある雌雄2本の松明に火をつけ、その年の豊凶を占うことで知られる「茅原の大とんど」が行われています。
「吉祥草寺」を後にして、歩みは西へ進み、趣のある江戸時代の町家が多く残る「御所まち」に入り、大和五ケ所御坊(大和の国にある浄土宗本願寺派の寺)の一つ「御所御坊」と言われる「圓照寺」を訪れました。
素晴らしい大きな造りの本堂は入母屋造り本瓦葺きで、境内には枝が四方に長く伸びた見事な松や170有余年大屋根に座していた大きな「鬼瓦」が置かれていて参加者は目を見張っていました。
「圓照寺」の見学を終え、格子・土蔵やさまざまな形の虫籠窓(むしこまど)がある町家や商家等古い建築物の街並みを進み、江戸時代に幕府の重要な法令を掲げていた「高札場」を見て、新地商店街に入り、雨も小降りとなり13時30分頃JR・御所駅手前でゴールしました。
JR和歌山線は残念ながら未だ運休中で、参加者の皆様は近鉄御所駅から帰途に着かれました。