今回は、大和郡山市の南西部に位置する小泉の里から、矢田丘陵山裾に位置する「山田町・矢田町」地区の、今も原風景が残るのどかな初秋の里山をウオークしました。
昨夕から深夜まで降っていた雨も、予報通り、早朝には天候も回復し、大和小泉駅東側の「輝りの公園(リトルオアシス)」に174名の参加者を迎え、恒例の出発式を終え、青空の中、9時50分公園を颯爽と出発しました。
駅前住宅地を抜け田畑が広がる中を北方面に進み、片桐中学校から富雄川を西に渡り、最初に訪れたのは、大和を代表する「庚申(こうしん)」さんへ、正式名は「金輪院(こんりんいん)」で、小泉の庚申さん、「小泉庚申堂」として親しまれていて、門前には「一國一宇庚申」と刻まれた石標があり、大和国の庚申信仰の総道場という意味だそうです。
「庚申(こうしん、かのえさる)は、干支(かんし)の一つで、境内の山門や軒瓦・梵鐘の文様など「猿」があふれていました。猿は動き回りじっとしていないので、「くくってご猿」または「くくり猿」となり、真っ赤な小さな座布団の四隅を折り曲げて一つにくくり、その間に丸い頭を付け、手足をくくられた猿を表し、門前や周辺の民家の門口には「くくり猿」が下げられていました。
その「くくり猿」が下げられた家並みを進み、暫くして住宅に囲まれた場所に「小泉城跡」が、現在は石碑があるのみでしたが、「小泉城」は室町時代に築城された平城で、別名、「片桐城」・「小泉陣屋」とも呼ばれていて、「小泉陣屋」時代は小泉藩の藩庁でもあったそうです。
更に、「小泉町地区」の集落内を進み集落の西部、「小泉城跡」の南に鎮座する小さな森に囲まれた「小泉神社」へ、ご祭神は、「素戔嗚命(すさのおのみこと)、誉田別命(ほんだわけのみこと)」で、本殿は、室町時代後期の建築で重要文化財に指定されています。

神社で休憩の後、「小泉町地区」集落を後にして、広大な矢田共同墓地前を通過し、県道9号から「山田町」地区に入り、前方には矢田丘陵を望みながら、稲の収穫が既に終わった田圃や、収穫が間近の黄金色の田園が広がる、のどかな里山風景を楽しみながら、「奈良学園中・高校」前から矢田丘陵山麓の道を進み「矢田町」へ、右に奈良盆地や遠く大和青垣の山々を垣間見、田園風景を眺望しながら、山間の道に入り、今日のコースで唯一、急な上り坂をしばらく進んで「矢田寺」に到着。
「矢田寺」は、天武天皇8年(679年)に「智通(ちつう)僧正」が開基、当時、僧坊48を数える大寺であったが、現在は「北僧坊・大門坊・念仏院・南僧坊」の4つの僧坊を総称して「矢田寺」と呼ばれ、別名「あじさい寺」ともいわれています。
休憩の後、急な200数段の長い階段を下り進み「矢田寺」を後にして、「大和郡山市総合公園」に12時頃到着、野球場スタンドをお借りして、綺麗に整備されたグラウンド向こうの矢田丘陵の山並みを眺望しながら昼食休憩を摂りました。

午後は12時45分スタート、色付き始めたイチョウ並木の公園内通路を後にして、「矢田山町」地区の住宅団地内を抜け、視界が大きく広がる「新町」地区に進み、既に稲刈りが終わった田圃やビニールハウスが点在する里山風景の中を東へ、前方向こうには竜王山等々美しく連なる大和青垣の山々を遠望し、やがて、富雄川に出て、桜並木が続く河川敷内の自転車道を南へ進む内、列は長く離れ離れになり、途中で、列詰め休憩を取りながら、「西岳禅院」・「古田神社」鳥居前から富雄川を後にして、稲の刈り取りが終わった田圃が続く「満願寺町」地区に進み、「奈良県郡山総合庁舎」裏側から南へ「片桐公民館」前を経て、更に田園の中を進んで、JR・小泉駅に14時頃ゴールしました。
今回は、主要な道路は歩道橋を渡ったりして、交通信号が一つも無いコースで、大和郡山市内南西部の里山風景の中を、皆様はゆったりとした気分で、ウオーキングを楽しんでいただけたと思います。
ありがとう御座いました。