秋も深まり、冷え込んだ今日は「歴史の道」として整備されている「西ノ京」から「佐紀の里」を、薬師寺から西大寺・秋篠寺を経て平城京跡をウオークしました。
九条駅前で、ストレッチ体操で冷えた体をほぐし、参加者147名は9時50分頃曇り空の下、元気にスタートして東に進み、暫くして、史跡「平城京西市跡(平城京の官営市場跡)」から秋篠川左岸堤防道路の桜並木が紅葉した自転車道を、左前方には田園風景が大きく広がり、のどかで静かな佇まいの「西ノ京の里」の景色を望みながら列は北へ進み、「右京橋」から西へ「薬師寺」に進み、法相宗の祖・玄奬三蔵(げんじょうさんぞう)の遺徳を偲んで建造された「玄奘三蔵院伽藍」がある境内を通り抜けて、美しい松並木や築地塀が続く「歴史の道」を北進して「唐招提寺」門前へ、駐車場の土産物店前で、列詰め、トイレ休憩を取りました。

休憩の後、唐の高僧・鑑真和上によって開かれた「唐招提寺」の南大門前から西へ、近鉄橿原線の踏切を渡り、のどかな田園風景が広がる中を北に進み「第11代垂仁(すいにん)天皇陵」へ、全長227mの大規模な前方後円墳で御陵名は「菅原伏見東陵(すがはらのふしみのひがしのみささぎ)」とされています。
樹木に覆われた天皇陵の周囲は美しい水辺が広がる広大な周濠に囲まれ、その周濠の東側の狭い道を進み、国道308号の高架下をくぐり、次に進んだのは「喜光寺」へ、養老5年(721年)高僧・行基菩薩が建立されたお寺で、本堂は、行基が「東大寺大仏殿」を建立する際に十分の一の雛形として建てたとの伝承から「試みの大仏殿」と俗称されている、その「喜光寺」前を通過して、直ぐ近くの北側に位置する、「菅原道真」ゆかりの「菅原天満宮」へ、ここで小休憩を取りました。
菅原家発祥の地で、菅原道真生誕所とされていて、道真を祀る日本最古の天満宮で、境内には、道真が牛に乗って太宰府に流されたという故事にちなみ、七体の牛の像が祀られていて、又、梅をこよなく愛したことから、例年2月上旬から3月上旬にかけて約130品種200鉢の盆梅を展示する「盆梅展」が開催されています。

天満宮を後にして、住宅街の「歴史の道」を更に北上して「西大寺」に入り、約15分の参拝・見学等の休憩を取りました。
「西大寺」は奈良時代764年、第45代聖武天皇と光明皇后の娘である「第46代孝謙天皇 (重祚して第48代称徳天皇):重祚(ちょうそ:一度退位した君主が再び即位すること)」の発願により創建され、創建当時は「西大寺」の寺名は言うまでもなく、大仏で有名な「東大寺」に対するもので、創建時には、薬師金堂、弥勒金堂、四王堂、十一面堂、東西の五重塔などが立ち並ぶ壮大な伽藍を持つ大寺院であったが、寺は平安時代に入って再三の自然災害等で衰退したが、鎌倉時代に再興され、現在は真言律宗総本山の寺院で、本堂や本尊・木造釈迦如来立像など多数の重要文化財があります。

「西大寺」を後にして、北側の長く続く築地塀沿いを西へ進み、住宅街を縫うように走る「歴史の道」を北へ進み、近鉄奈良線を越え西大寺地区から秋篠地区の住宅街を抜け、「秋篠の里」にひっそりと佇み、こんもりとした森の中に建つ「秋篠寺」に進み「南門」から樹木に覆われた境内に入ると、緑の絨毯を敷き詰めたように美しい「苔」むした境内は、静寂な雰囲気が漂い、ここで、後続の遅れを待つ列詰め休憩を取り、「東門」から「秋篠寺」を後にし、秋篠地区の住宅街を抜けると視界が開け、のどかな風景が広がる前方には「神功(じんぐう)皇后陵《第14代仲哀(ちゅうあい)天皇の皇后》」がある、広大な森を眺望しながら「奈良大付属高校前」から「神功皇后陵」西側裾野の道を経て、近鉄・平城駅北側踏切を渡り「佐紀盾列(さきたてなみ)古墳群」に進みました。
最初の御陵は、周濠に囲まれた全長218.5mの前方後円墳の「第13代成務天皇陵」、その東側には全長200mの同じく周濠に囲まれ樹木に覆われた前方後円墳の「日葉酢媛命陵(ひばすひめのみことりょう)《垂仁天皇の皇后》」が、その二つの御陵に挟まれた静な雰囲気の緑の中の綺麗に整備された道を進み、南側の少し規模の小さい全長127mの前方後円墳の「孝謙(称徳)天皇陵」から各御陵を過ぎ、「山上八幡神社」を経て御前池(おまえいけ)沿いを通り「佐紀神社(亀畑)」から「平城京跡」の北側に出て「大極殿」を目の前にして「歴史の道」と別れ、「平城宮跡遺構展示館」前に12時30分頃到着し、少し遅い昼食休憩を摂りました。 

午後の出発前に、午前中に歩いた古墳群等の「見どころ」を振り返って、スタッフによる説明に耳を傾け、13時25分過ぎ展示館前をスタートして広大な宮跡内を南へ進み、特別名勝の「平城宮東院庭園」へ、この庭園は、平城宮の東に張り出した庭園で、昭和42年(1967年)に庭園の遺跡が発見され、平成7年(1995年)から平成10年(1998年)にかけて、古代庭園として復元されました。
東西約80m、南北約100mの敷地の中央に池を、周囲に建造物を配した美しい庭園を、奈良時代の天皇や貴族がここで儀式や宴会を行ったとの思いを馳せながら見て廻り、「平城宮跡」を後にして、大和三門跡寺院(円照寺・中宮寺・法華寺)の一つの「法華寺」前から、法華寺町地区の住宅街を抜け、佐保川を越えて近鉄・新大宮駅に、午後は約3qを歩き、14時10分頃ゴールしました。
晩秋の「西ノ京」から「佐紀の里」へ、午前中は12・3kmの長距離となり少し肌寒い一日でしたが、皆様は元気にウオークしていただきました、お疲れ様でした。