雲一つない快晴に恵まれた今日は、奈良盆地南部に位置する橿原市に聳える「大和三山(畝傍山・香久山・耳成山)」を訪れました。
「大和三山」は橿原市を代表する景観で、万葉集にも詠われ、1967年(昭和42年)に歴史的風土特別保存地区に指定され、更に、2005年(平成17年)には国の名勝に指定されました。
又、「大和三山」に囲まれて、古代の都・藤原京があった特別史跡「藤原宮跡」をめぐり、宮跡からの大和三山の美しい眺望も楽しみました。
JR・畝傍駅に一般参加の129名をはじめとして、今年最高の264名と多くの参加者を迎え、恒例の出発式を終え、初夏を思わせるような強い日差しを浴びながら、9時50分元気にスタート。
長蛇の列は、今井まちなみ交流センタ―「花甍」前を通過し、国道24号・四条町交差点の長い歩道橋を渡り、樹木に覆われた県道161号の歩道を南へ、「綏靖(すいぜい)天皇陵(第2代天皇)」の東側を列は整然と進み、畝傍山北東の麓にある「神武天皇陵(初代天皇)」へ、先般3月26日、先の第125代天皇(上皇明仁陛下)が退位することを報告された、その余韻が残る静寂な広い植え込みの中にある「神武天皇陵」に参拝。

天皇陵を後にして、深い玉砂利が敷かれた参道からすぐ狭い樹木に覆われた脇道に入り西へ、山本町地区から「畝傍山」山麓を回り進み、「畝傍山」を背負って西斜面に鎮座する「畝傍山口神社」へ、ここで暫しのトイレ・列詰め休憩を取りました。
この神社は以前、「畝傍山」山頂にあったが、1940年(昭和15年) に橿原神宮の大拡張工事の際、橿原神宮や神武天皇陵を見下ろすのはよくないとして、この位置へ遷座し、現在は安産の守り神として信仰されています。
朱色の大鳥居前の「畝傍山」登山口から、丸太で整備された長く続く階段や狭い登山道を、先頭は約30分要して登り進み「大和三山」で一番高い、標高199mの「畝傍山」山頂に到着。
山頂からの景色は、西方面は連なる金剛・葛城・二上の山々を、又、北方面は奈良盆地に浮かぶ「耳成山」や「香久山」等を眺望、その素晴らしい景観に満足しながら小休止の後、東方面に下山を始め下山道は上りと違い、急峻な下り道で木の根っこや岩肌がむき出しになった厳しい道を慎重に下り進み、「畝傍山」東側の山麓にある、太平洋戦争で若い命をささげた英霊の慰霊公苑である「若桜友苑」に、先頭は10数分で下山、そこからしばらく進んで「橿原神宮」の北参道を経て「橿原公苑」に先頭は11時40分頃、アンカーは約20分遅れで到着、公苑内の体育館付近で昼食休憩を摂りました。

昼食を終え、午後の出発前にスタッフから「大和三山」の歴史について解説が「畝傍山」と「耳成山」は太古の昔、火山により生まれた山、又、「香久山」は多武峰の山系から延びた尾根が、長い年月で浸食され現在の「香久山」の部分だけが残った等々、興味ある話に傾聴した後、12時30分スタートしました。
「橿原公苑・陸上競技場」を後にして、長蛇の列は近鉄・橿原線を越え一路東へ、栄和町地区の住宅街を抜けて、視界が大きく開け田園風景が広がり、前方に多武峰の山々を望みながら、田中町地区集落から、飛鳥川に架かる「大柳橋」を渡り狭い道から、「香久山」の南に広がる田園地帯に進み、今は田圃の中に碑(ひ)のみが建っている、古代、大寺院であった官寺「大官太寺跡」を経て、北へ、正面に「香久山」を望みながら、「香久山」南麓に鎮座する「天岩戸(あまのいわと)神社」へ、記・紀万葉の神話にみられる「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」が隠れた「天岩戸」と言われる4個の巨石がご神体で、それを見て廻り、南浦町集落の登山口から山頂までの約600mを、丸太で築いたかなり急な階段の山道を登り、標高152mの「香久山」山頂に到着、山頂でアンカーが到着するまで、午前中に登った「畝傍山」や遠く金剛・葛城・二上の山々等を感慨深く眺望しながら、休憩を取りました。
「香久山」は万葉集などで多くの歌が詠まれていますが、その代表的な歌の一つで「持統天皇」が歌った、『春過ぎて 夏来たるらし 白妙(しろたえ)の 衣干したり 天(あめ)の香具山』があります。

山頂を後にして、西側へ下山「香久山」西麓にある「香久山観光トイレ」で休憩を済ませ、広大な広場となっている「藤原宮跡」へ、蓮華の花が一面に咲くところや草原を、爽やかに吹く風が心地よく頬を撫でる中「大和三山」を眺望しながら「藤原宮跡」を通り抜けて北進し、JR・桜井線や近鉄・大阪線を越えて「耳成山公園」に、ここで相当に疲れが出たのか「耳成山」へ登らず休憩する数名の方を残し、登山口から緩やかな山腹の坂道を一周しながら、標高139mの「耳成山」山頂に、残念ながら山頂は木々に囲まれていて景色を見ることはできませんでした。
下山は、8合目付近に鎮座する「山口神社」を参拝、その後、ほぼ一直線の急な神社参道を一気に下り降りて待機する参加者と合流し「耳成山公園」を後にして、近鉄・大阪線北側沿にいの市道を西へ進み、北八木町の「県立・橿原文化館」の少し手前に先頭は15時30分頃到着、ここをゴールとして、先の近鉄・大和八木方面に向かう方とは解散し、残る参加者は南へ約600m先のJR・畝傍駅まで誘導し解散、アンカーは約20数分遅れで15時50分頃到着しました。
今日は初夏を思わせるような汗ばむ気候でしたが、参加者の皆様は無事「大和三山」を踏破され、満足感を覚えられたと思います、大変お疲れ様でした。