元号が「令和」になって最初のウォーク。「令和」は万葉集を出典とするものですが、今回は、その万葉集に詠われた「大和三山」をめぐります。17qの長丁場で、上り下りに急なところがありますので、ウォーキングステッキをお持ちの方は、是非、ご持参ください。
【大和三山】
万葉集の中で、大和三山を詠んだ有名な歌に「香久山は 畝傍を惜しと耳成と 相争いき…」という歌があります。今も、大和三山は大和の象徴として美しく佇んでいます。
畝傍山は標高199mと三山の中では最も高く、花崗岩と安山岩から成っていますが、火山が侵食されて現在のような山容になっています。畝傍山の西の麓に鎮座する畝傍山口神社は、以前は畝傍山山頂にありましたが、神武天皇陵が現在の場所に定められたことから、天皇陵を見下ろす位置がふさわしくないということで、現在の場所に移されました。今も山頂には、畝傍山口神社跡の碑が立っています。
東に降りるコースは急な坂道が続きますので、十分注意してください。
天香久山は標高152mありますが、火山ではなく、多武峰の尾根の一部であり、山麓部の標高が約80mありますので、それほど高く見えません。しかし、山頂付近は急な坂を、少しですが上がることになります。
山頂には、国常立(くにのとこたち)神社が静かに鎮座しています。
耳成山は畝傍山と同じく火山で標高139m。三山の中では最も低い山です。
山頂付近に鎮座する耳成山口神社の狛犬は、珍しい子持ち狛犬が立っています。
【三山をめぐる途中の見どころ】
大官大寺跡…天香久山に向かって飛鳥周遊道路を歩くと、田んぼの中に大官大寺跡の碑が立っています。百済大寺→高市大寺→大官大寺へと都が遷るたびに、この寺も移されてきました。そして、平城京に遷って建てられたのが大安寺です。
藤原宮跡…藤原京は持統天皇が飛鳥浄原宮から遷し、文武天皇を経て、元明天皇が平城京に遷都する間、わずか16年間置かれた都でした。北に耳成山、東に天香久山、西に畝傍山を望む、広々とした宮跡が残されています。また、四季折々には美しい花が咲き、彩を添えます。