今日の大仏鉄道は、今から100年以上前の明治31年4月に加茂と奈良を結ぶ区間9.9kmを開業した路線の愛称名で、わずか9年間と営業期間が短く、また、当時の資料も乏しいことから「幻の大仏鉄道」と呼ばれたようです。
路線の跡には隧道(川の水や人を通すためのトンネル)や橋台(橋の上部構造の両端を支える構造物)などの遺構が所々に残されています、今日はその当時に思いを馳せながら廃線跡を巡りました。
今朝の気温は4℃前後と低気温でありましたが、日中の気温は23℃前後となり、雲一つない晴天の中、爽やかなウオーキング日和となりました。
出発式後、参加者234名はJR奈良駅を9時50分頃にスタートし、最初に訪れたのは平成4年に大仏駅跡地付近に造られた公園で「大仏鉄道記念公園」へ、園内に設置の機関車の動輪のモニュメントと説明碑を見て先へ進み、奈良で美しい尼寺の一つとされる「興福院(こんぶいん)」前を通り、鴻ノ池運動公園内の鴻ノ池野球場へ、ここで列詰めとトイレ休憩を取りました。
野球場を後にして県道を北上し、大仏鉄道で唯一トンネルがありましたが、県道の整備で取り壊された「黒髪山トンネル跡」へ、高く見上げると東西を結ぶ跨道橋が横断していました。
トンネル跡からさらに県道を北へ進み、梅谷口交差点でぐるりと左回りに農道から農業用水路沿いを進み、その水路が鉄道の下を横断している石積みで出来た「鹿川隧道」へ、そこから元の交差点に戻り、更に北へ緑の樹木に覆われた歩道をしばらく進み奈良県と京都府の境界線へ、奈良市を後にして京都府木津川市内に入り「木津南配水池」の「竹の子」をイメージしたユニークな建造物を見て、梅美台西交差点北側に位置する、現在は閉鎖されている「松谷川隧道」へ、色の違うレンガが交互に配置されている珍しいレンガ造りの隧道を見て、広大な住宅団地内の「梅美台公園」へ11時45分頃到着、此処で昼食休憩を摂りました。
午後出発前には、大仏鉄道に詳しいスタッフの三宅さんから種々の説明が、今は現存しないがここから先に位置する、現在の梅谷交差点付近の河川を越える「井関川橋梁跡」の建設当時の古い写真での説明や、当時の鉄道会社は「関西(かんせい)鉄道」で加茂から大仏駅間には中間駅が無い事や、運賃は3等10銭、2等15銭、1等20銭で、米は1?g1円20銭等々ユニークな話が10分程度ありまして参加者は盛り上がり、その後、12時30分頃公園を出発しました。
梅美台団地を後にして、先の「井関川橋梁跡」の梅谷交差点から県道から分かれて、一般道路に入り少し上りの木立や竹藪の中の道や田畑の間の道路を進み、美加ノ原ゴルフ場近くの西側方面は住宅団地開発が進み城山台団地に、往時の鉄道跡の面影がまったく無くなった景色となっていました。
団地からそれて小藪の中の道を進むと、現在も生活道路として使用されている、レンガ造りの「赤橋」へその下をくぐり、しばらく進むと下部が石積みで上部のアーチ部分はレンガ造りの「梶ヶ谷隧道」へ、その隧道を通り抜け雑木林や竹藪の間の道を進み、橋台だけが残る「鹿背山(かせやま)橋台」へ、そこからはさらに美しい森林や竹薮等が続く、今も残る里山風景の地道に歩みを進め、石積みの橋台のみが残る「観音寺橋台」へ、その橋台の向こうに並行して走る関西本線の橋の下を抜けると、視界が開け田園風景が広がり、石部川沿いを爽やかな風を受けて新緑に萌える四囲の山々の景色を見ながら、加茂の市街地に入り、加茂小学校西側に展示している過去に関西本線で走っていた、昭和12年製の「貴婦人」の名で親しまれた蒸気機関車「C57SL展示場」に到着。
そこから、最後に赤レンガ造りの当時使用された油の貯蔵庫として建てられた「ランプ小屋」を見学して、駅前に植えられたチューリップが満開のJR加茂駅に、先頭は14時10分頃にアンカーは10数分遅れで無事全員到着しました。
今日は、要所においてスタッフの三宅・尾花さんがガイドし、参加者の方々も真摯に聞き入って下さり、ありがとうございました。
天候に恵まれ、日中は少し汗ばむ爽やかな初夏に近い気候の中でしたが、楽しいウオーキングであったのではないでしょうか。
最後に、14日に熊本地方に地震が発生し甚大な損害を被りました、参加者の皆様には急遽、震災募金を図ったところ、27,417円の募金が集まりました、ご協力ありがとうございました。