肌寒い朝を迎えた今日の例会は、椿井城跡から「へぐり時代祭り(時代行列)」を見物しました。
竜田川駅から東へ数分に位置する、竜田川沿いの「西宮親水公園」へ参加者を誘導ここで受付、恒例の出発式を終え、205名は公園を9時45分にスタートしました。
竜田川右岸を北方面へ少し進み、協和橋を渡って東方向の椿井地区へ田畑の間の村道から椿井の集落へ進み、「常念寺」前の道路脇には今も清水が湧き出る古い井戸で、聖徳太子も飲んだとされる「椿井井戸」へ、さらには、椿井集落のすぐ上の丘陵に鎮座する、本殿は春日造り朱塗り銅板葺きの「椿井春日神社」へ進みました。
今日は「時代祭り」と併せて、地元では「歴史ウオーク」が実施されていまして、境内では地元ボランティアの方による、お茶の接待のご相伴を受けました。
また、神社境内のすぐ西に立地する、奈良県史跡指定の円墳「椿井宮山塚古墳」では、普段は見る事が出来ない石室の扉が「歴史ウオーク」の為に開けられていて、ドーム状に構築され明確な天井石の無い特異な構造の玄室内を覗き見る事も出来ました。
休憩後は、境内の北側に「椿井城跡」への登り口があり、そこから緑に覆われた「大手通り」と言われる昨日の雨に湿った急な細い坂道を、所々には土嚢で造られた階段を息急きながら慎重に上り、約20数分(アンカーは約15分遅れ)で矢田丘陵の稜線上に築かれた海抜220mに位置する、戦国時代に嶋左近によって築かれた「椿井城跡(南郭群跡(みなみくるわぐん)」に到着しました。
冷たい風が吹いていましたが、雲間から太陽がのぞく空の下、城跡からの眼下の眺望は住宅団地が密集する平群の町並みから、その遠くは新緑に芽生えた信貴・生駒の山々の美しい景色に感嘆し、疲れも吹っ飛び癒されたのではないでしょうか、眺めにしばし見入っていました。
「椿井城跡」を後にして、下りの道も細い山道で、落葉等で覆い尽されて足元が危うい状況の中で一歩一歩踏みしめながら降り進み先頭は10数分で下山その後順次下り、アンカーは更に20数分遅れで下山しました。
そこから、再び「椿井春日神社」境内を抜けまして、山裾を北方面へ進み平等寺集落の東側山裾に鎮座する、本殿は春日造り極彩色檜皮葺の「平等寺春日神社」へ、神社の割拝殿の両側には数枚の絵馬が、また、境内には延宝5年(1677)が最も古いとされている、多くの石灯籠も奉納されていました。又、神社の前の池には、松の木がまるで龍のように水面に横たわっていました。
「春日神社」から、西へ歩みを進め沿道の多くの畑には菊が栽培されていて、平群町は日本でも有名な菊の大生産地と言う事で、この当たりも一面に広がる菊畑は、美しい緑の景観を醸し出していました。
やがて、ゴール地点の「道の駅大和路へぐり・くまがしステーション」前に、今日のウオークは約6kmと短い距離でしたが11時30分頃ゴールしました。
後ろを振り返れば、矢田丘陵上の「椿井城跡」には新緑の木々の間に「椿井城跡」の赤と白の幟が2本、今日の「時代祭り」に併せて爽やかな風にたなびいていました。
完歩証明の「IVV」を受け取り、解散、自由行動としまして参加者の皆様には「時代祭り」を見物していただきました。
時代行列は「平群町役場」を11時に出発し、国道168号平群バイパスを南下、ここ「道の駅」に12時頃到着する予定で進行していました、行列は平群町のマスコットキャラクターの長屋王・島左近を先頭に、子供たちの鼓笛隊に続き、古代から戦国時代、さらには平成までの各時代の人々に扮した絢爛たる時代絵巻の行列が「道の駅大和路」まで続きました。
又、道の駅の広場では、音楽ライブ・キッズダンスや、平群グルメ街では様々な食の店舗が並び、他にも多数の模様し物があり、夫々、皆様は見物・食されて帰途に着かれたものと思います。