今日の例会は、奈良県の西南部に位置する五條市を、市の中央部には市を分断するように吉野川が流れ、金剛山と吉野連山に囲まれた街を訪れました。
交通の便の悪い五條市ではありましたが、157名の方に参加いただき、心配された天候も曇りから晴れとの予報で、暑さも少し和らいだと思われる状況の中、9時45分頃五条駅前をスタートしました、市街地中心部の古い町並みを東へ約1km進み、国道24号の今井町交差点へ歩道橋を渡り、市街地と別れ山裾の道を歩み、暫くして吉野川右岸を走る県道39号の小島交差点へ、そこから約500m東へ国宝の八角堂や梵鐘がある「栄山寺」前を通過し、東側に隣接する公衆用トイレでトイレと水分補給休憩を取りました。
休憩後は、県道の左側歩道を小島交差点まで戻る眼下には吉野川の緩やかな流れが、その川面では数人が涼しげに「カヤック」を漕ぎ楽しむ姿を見ながら、「栄山寺橋」を南に渡り「東海自然歩道」を野原東から野原中・西へと、少し上りの坂道があるもののほぼ平坦な道を約2.5km歩む途中には、点在する集落の長閑な景色や田畑が広がる田園風景を遠くには金剛・紀泉の山々を眺望しながら、平安時代末期に平重盛が創建したと伝えられ「関西花の寺25ヶ所霊場」の一つの第23番札所「ボタンの寺・金剛寺」を訪れました。
金剛寺を後にしてすぐに、県の文化財に指定されている「岡松家長屋門」へ、岡松家は江戸時代に野原村の代官を務め、今もなお、広大な屋敷を囲み、表通り一杯に長屋門を構えていて江戸時代の面影が偲ばれ、現在も住居として使われていまして内部は非公開の、その長屋門から南へぐるりと西に回って、昭和27年に智辯尊女を宗祖とし、宗教法人辯天宗が立宗された「辨天宗総本山如意寺」へここで列詰めとトイレ休憩を取りました。
如意寺からは、野原西2丁目の閑散とした商店街を抜け、吉野川に架かる橋長約260mの「大川橋」を渡り北詰の「河川敷広場」に、11時30分頃到着しここで広い橋梁下の日陰で昼食休憩を摂りました。

午後も日差しが強い中12時15分頃スタート、少しして「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されている旧紀州街道沿いの「五條新町通り」に入り、ここで約30分間の自由行動を取りまして、重要文化財指定を受けている江戸時代の数々の町家をはじめとする古い民家や、歴史や文化の資料が展示されている「まちなみ伝承館」等々を覗き見ながら約500mの町並みを散策いたしました。
散策後は、新町通りを横断する「五新鉄道跡」へ、今は、美しいコンクリートのアーチ橋が残るのみですが、明治末期、五條市から新宮市までを結ぶ「五新鉄道」の建設熱が高まり、昭和12年(1937年)から着工されましたが、太平洋戦争が始まり資材不足等の理由で工事は中断され、戦後、工事が再開されましたが、昭和34年(1959年)に経済社会情勢等の変化によって、五新鉄道の夢は叶うことなく中断され「幻の五新鉄道」となりました。
「新町通り」を後にし、「五條市史跡公園」内の「民族資料館」に進み、この資料館は江戸末期の五條代官所の長屋門だった建物で、現在は明治維新の先駆けとなった天誅組関連の資料が展示されていまして、ここで、約15分間の展示品の見学とトイレ休憩を取り、次に、五條代官所を襲撃した天誅組が本陣を置いて五條仮政府と称した「櫻井寺」へ進みました。
寺の門前には史跡天誅組本陣跡の石標が建てられて、又、本堂前には代官・鈴木源内ら5人の首を洗ったとされる「石の手水鉢」が置かれていました。
「櫻井寺」からしばらく歩いて、無事JR・五条駅に13時40分頃ゴールいたしました、11kmのウオークでしたが、暑い中お疲れ様でした。