暦も早9月となり、猛暑が続いた夏も過ぎ、朝夕涼しくなり凌ぎよい季節となりましたが、今日の日中は真夏の様に気温は高く蒸し暑い一日となりました。
又、今日の例会は晴天でウオーキング日和となりましたが、天気予報は昨日の夕方までは雨が降ると言う最悪の予報でしたので、それが影響したのか参加者の出足は悪く114名と非常に少ない状況の中、橿原市に位置する平成17年に国の名勝に指定された畝傍山・香久山・耳成山の大和三山を訪れました。
恒例の出発式を終え9時45分橿原神宮前駅を出発、まず橿原神宮の表参道へ進み神宮外拝殿前から北参道の「畝傍山登山口」へ、山頂までの約1.4qを緩やかな登山道を軽快に登り進み、途中、中間付近の「畝傍山」西側に鎮座する「畝火山口神社」方面へ通ずる分岐点からは登山道はやや急となり、息急きながら進んで約30分を要して大和三山の中で一番高い、標高199mの「畝傍山」山頂に到着しました。
山頂からの眺望は、西方面の金剛・葛城山や二上山・生駒山を、北方面は眼下の奈良盆地の景色に見入り癒されながら一休みの後、東側方面へ下山を始めました、下山道は急峻な道で木の根が階段状になった所や、岩肌が剥き出た道を約500mゆっくりと慎重に下り進み、戦没者の英霊を慰める慰霊公苑の「若桜友苑」に到着、しばらく進んで北参道の鳥居前に10時55分頃到着、列詰めとトイレ休憩を取りました。
橿原神宮森林遊苑を暫く北へ進み、遊苑から東へ進路を変え近鉄畝傍御陵前駅の地下道を通り抜け城殿町内に位置する「本薬師寺跡」へ、周辺には今が見頃の「ホテイアオイ」が涼しげなすみれ色の花が水田一面に広がり咲き誇っていました。
この「ホテイアオイ」は地元の方がコメの生産調整の一環として休耕水田(面積約1.4ha)を利用して栽培されているもので、毎年7月初旬に1万4千株を植え付け、その後、株が増殖し最盛期の今頃には約40万株が美しい見頃の時期を迎えています。
「ホテイアオイ」を堪能し、歩みは飛鳥川沿いを南へ進み「大柳橋」から東へ、県立明日香庭球場の南側を通り小山集落へ進む中、あまりの太陽の強い照りと蒸し暑さに、この付近の木陰で水分補給と列詰め休憩を取りました。
次に7世紀末から8世紀にかけて国が建立した官寺「大官太寺跡」へ、付近一帯は黄緑色の若い稲穂が出始めた田園風景が一面に広がり遠くは多武峰の山々を望み、標高152mの「香久山」へ向かい、南浦町集落の登り口から山頂まで約600m、高低差約60mの丸太で築いたかなり急な階段の登山道を登り始めましたが、蒸し暑さと急な階段を上り進む中遅れる方が多く見受けられ、先頭は12時10分頃にアンカーは約20分の遅れで山頂に到着しました。
山頂では休憩の間、サブリーダーによる「香久山」の由来の解説が始まり、「香久山」は他の2山の様に火山で出来た単独山でなく、多武峰山系から延びた尾根が、長い年月の中で浸食され、「香久山」の部分だけが残った等々の話題を数分間聞き入り、山頂からの木々の間からは先に登った「畝傍山」を望む事が出来ました。
又、「香久山」は万葉集などで多くの歌が詠まれていますが、代表的な歌として「舒明(じょめい)天皇」がこの付近で国見をしたであろう、その時に詠んだとされる歌「大和には 群山(むらやま)あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は 鴎(かもめ)立ち立つ うまし国そ 蜻蛉(あきづ)島 大和の国は」があります。
「香久山」を後にして、東側に隣接する「万葉の森」へ下り、少し遅くなりましたが12時40分頃到着、広場の木陰下で昼食休憩を取りました。
十分な休息後13時30分頃広場をスタート、古池沿いから東の山々を眺望しながら列は粛々と進み、下八釣町から西へ高殿町集落を抜け広々とした「藤原宮跡」へ、宮跡では季節ごとにコスモスやハスなど色とりどりの美しい花が植えられていますが今は閑散とした状況でしたが、ここから「大和三山」を望みながら宮跡を通り抜け、トイレと列詰め休憩を取りました。
宮跡を後にして北へ歩みを進め「耳成山公園」に14時25分頃到着、ここで相当に疲れが出たのか「耳成山」へ登らず休憩する数十名の方を残し、入口から山頂迄の約1kmの緩やかな坂道を上り進み約20分で標高139mの山頂に、しかし山頂は木々に囲まれていて残念ながら眺望が出来ませんでした。
山頂を下る途中八合目付近に鎮座する「山口神社」境内で小休止して、その後、急な参道を一気に下り降りて待機する参加者と合流してゴールを目指し、真夏のような蒸し暑い中のウオークで数名の方が途中リタイヤされましたが、残る参加者は無事に大和八木駅(橿原文化会館前)へ15時10分頃ゴール、完歩証明の「IVV」を受け取り帰途に着かれました、皆様大変お疲れ様でした。