今日の例会は、台風18号の影響もあってか前日の天気予報では不安定な空模様になるとの事で、JRふれあいハイキングにもかかわらず参加者は残念ながら114名と非常に少ない状況となりました。
心配された天候ではありましたが曇り空で若干蒸し暑い状況の中恒例の出発式の後、9時50分JR櫟本駅前をスタート、櫟本町の住宅街を抜け櫟本小学校から国道169号の和邇下(わにした)神社前交差点から、神社の赤い鳥居をくぐり約250m進み鬱蒼とした森に包まれた静かな神社の境内に出ました。
境内の手前広場には、万葉歌人・柿本人麻呂ゆかりの「大和の国柿本寺跡」へ人麻呂さんの石像を見て、境内の左前方へ70数段の急な階段の参道を上り拝殿へ出ました、ここでスタッフによる神社にまつわるガイド説明を受けました。
「和邇下神社」は東大寺山古墳群(古墳時代前期)の和邇下神社古墳の上に鎮座し祀られた神社で、櫟本地方にいた豪族の氏神であったが、今は櫟本の鎮守神社で神社の社殿は三間社流れ造り・檜皮葺一間向拝付等の桃山時代の様式を備えている、古建築として国の重要文化財に指定されています。
神社を後にして閑静な住宅内のなだらかな坂道を上り、シャープ総合開発センターの西側に位置している全長106.5mの前方後円墳で国指定史跡の「赤土山(あかつちやま)古墳」へ到着、雑草に覆われた墳丘の上に登り、南西方面は金剛・葛城・二上山の山々を、南は西名阪自動車道から向こう国見山等々の大和青垣の山々を望み、墳丘では「家形埴輪祭祀遺構」等のレプリカを見て古墳を下り降り、今は閑散としたシャープの社宅跡を通り、西名阪自動車道の南側側道を東に歩みを進め途中、竹藪の狭い道を過ぎて農業用の溜池「白川ダム」へ進みました。
この辺りから、心配された雨が早くも降り出し始め、溜池手前のトイレで列詰休憩を取りながら、合羽を着る者や傘を広げるなど雨対策をして溜池堤体上の遊歩道へ進み、溜池の水量は平素よりは若干少ない状況でしたが東方面の雨に煙る青垣の山々を望みながら、溜池を後にして溜池の北側に位置する天理高校のグラウンド前を時には強い雨が降る中黙々と歩みは進み、暫くして視界が広がり里山が広がる田園風景の虚空蔵町方面へ、左前方遠くには生駒山や矢田丘陵等を望みながら高樋町のT字型三叉路へ、右方面は「正暦寺」へ東2kmの看板を見て、曲がり角には珍しい「時計台」が、そこを通り抜け、途中、沿道にはたわわに実る黄色に熟し始めた柿の木が、暫くして「正暦寺」への道から左へ逸れて、珍しい像高162pの「北椿尾(きたつばお)地蔵石仏」が、第2室戸台風(1961年)で倒れ顔面等を破損し「鼻切れ地蔵」と呼ばれている地蔵さんから、坂道を上り北椿尾町集落の小高い丘陵地に鎮座する樹木に覆われた「椿本神社」へ進み、参道の石段の脇には幹周り4m程の杉の巨木が聳えていました。
この付近から雨も止み、神社から再び「正暦寺」への道へ出て山裾の緩やかな坂道を上り進む途中の山側には綺麗に刈り込まれた高い垣根のツツジが続き、そこを過ぎると「正暦寺南大門跡」には2本の巨大杉を背負うように2体の地蔵石仏が並び立っている、標識には「泣き笑い地蔵」とあり、どちらが泣き面か笑い顔か判別できませんでしたが、そこからいよいよ「正暦寺」の参道へ、寺に向かう参道は緑に覆われ菩提仙川の渓流に沿って進み苔むした石垣が続く中、「正暦寺」手前の広場に12時過ぎに到着しました。
「正暦寺」は古くから「錦の里」と呼ばれていて、11月には木々が黄色や赤に紅葉し山全体が錦色に染まる見事な景色を醸し出しますが、今は残念ながら紅葉にはまだ早い状況でした、緑に囲まれた広場では幸いにも雨もすっかり上がった状況で昼食休憩を摂りました。

休憩後のスタート直前にはスタッフによる「正暦寺」に関わる、一つには当地は境内を流れる菩提仙川の清水を用い、日本で初めて清酒を醸造したと伝承されている「日本清酒の発祥の地」等々の由来の話を聞き、午後は12時45分出発、参道から西へすぐ狭い上りの山道を杉や檜の木立の中を上り越えて、舗装道に出て山間の小川のせせらぎの音を聞きながら西へ歩みを進め、山裾に安置する「霊元天皇皇女墓」を過ぎてから前方に視界が開け、窪之庄町の集落から遠く矢田丘陵を望みながら更に西に歩みを進め、竜王池から北へ赤い鳥居をくぐり、石段を上り狭い山道を進み暫くして「円照寺」の山門へ下り、ここでトイレ休憩を取りました。
静かな緑に覆われた「円照寺」の長い砂利の参道を西へ進み、参道を出て山町から窪之庄町の稲穂が黄金色近くに染まる田園風景の中を淡々と進みJR帯解駅に先頭は14時頃、アンカーは10数分遅れでゴールしました。
途中、雨にも見舞われましたが、無事元気に完歩いたしました、大変お疲れ様でした。