暦は早12月となり、冷え込む朝となりましたが、日中は快晴に恵まれ暑くもなく寒くもない絶好のウオーキング日和となりました。
JR・御所駅前で受付後、参加者の皆様を駅前から東へ約400mに位置する「葛城公園」へ誘導し、ここで恒例の出発式を終え9時50分頃173名はスタートしました。
公園から御所市役所前を経て、江戸時代初期に形成された「御所まち」へ、葛城川を挟んで西側は商業の町「西御所」、東側は寺内町の「東御所」の二つの町で形成された「御所まち」の、今日は「東御所」へ進みその中心部に位置する「圓照寺」をまず訪れました。
浄土真宗本願寺派の寺院で大和五ヶ所御坊の一つで「御所御坊」と呼ばれる大寺で、本堂は入母屋造り本瓦葺きで、間口は十一間四面の総欅造の立派なお寺に目を見張り、又、境内には天保2年(1831年)から平成16年までの170有余年大屋根に座していた大きな「鬼瓦」が保存されていて、参加者からは感嘆の声が上がっていました。
「圓照寺」を後にして、当時の町並みとほとんど変わらないと言われる「御所まち」を抜け、次に訪れたのは、修験道の開祖である役小角(えんのおづぬ)生誕の地「吉祥草寺」へ、役小角は「役行者」の名で知られ、白鳳時代の七世紀後半を中心に、葛城山や大峯山(金峯山)などで活躍した行者です。又、「茅原(ちはら)の大とんど」は奈良県内最大で知られており、左義長(大とんど)法要は毎年正月14日に行われ1300年の伝統を誇り、国・県指定無形民俗文化財に指定されています。
その「吉祥草寺」から南へ、JR和歌山線の踏切を渡り正面には玉手丘陵の緑に覆われた森が、その丘陵に「第6代考安天皇」が祀られている御陵「玉手丘上陵(たまてのおかのえみささぎ)」の西側の裾野を周り行くと、丘陵南側には広大な霊園が広がっている「満願寺」が、そこから大規模な総合病院がある南側の「御所市市民運動場」へ、ここで列詰めとトイレ休憩を取りました。
休憩後、歩みは西に暫く進み、「日本書紀」にも登場する「秋津洲(あきつしま)」と呼ばれる地区へ、田園風景が広がる池之内の集落を南下、国道309号を渡って西へ條・室地区へ、巨勢山丘陵に700基以上が築かれた日本国内最大級の群集墳がある「巨勢山古墳群」地域へ、その一部の「條ウル神古墳」や「みやす塚古墳」「條大池古墳」等々の古墳が点在する、日本の原風景と呼ぶにふさわしい地で、周辺の美しい田園風景を望みながら「秋津洲」地区を後にして、国道24号を渡り歩みは西へ目の前には美しい山並みの金剛・葛城山を仰ぎ見ながら約1q進み「葛城の道」に出て、しばらく北へ進んで12時10分頃に昼食場所の「JA奈良県御所農営経済センター」に到着しました。
ここで、地元「かつらぎ煌きネットワーク」の皆様による、おもてなしと葛城物産品の販売が模様され、参加者には、おもてなしの一品として、葛城の地場食材をベースにしたトン汁と御所柿(富有柿)が振舞われ、暖かいトン汁には疲れた体に舌鼓を打っていました。
物産販売品としては、昼食用には地元産の新米(ひのひかり)を炊き上げた「おにぎり」や「おこわ」、又、今季地元で採れたこんにゃく芋を加工した絶品のだし汁で煮た「串こんにゃく」を、及び、お土産用には「紅白丸餅」・「新米」・「紅生姜」等々が販売されていまして、参加者の多くの皆様は、思い思いに昼食やお土産にと購入されていました。
心のこもった接待に参加者は感謝しながら、午後は13時にJA経済センターをスタートしまして長柄地区を後にして「葛城の道」を更に北へ進み、一言だけ願い事を聞いて下さる「一言(いちごん)さん」で知られる「一言主神社」へ、長い階段を上り各自思い思いに「一言」の願いを拝し神社を後にしました。
葛城山裾野の山間部の道を抜けて視界が開け、東方面には午前中歩いた「秋津洲」地区方面を望みながら、山裾の狭い道を楢原地区に鎮座する「九品寺」へ進み、ここで最後の休憩を取りました。
参道の階段を上り本堂にお参りする人や、山門北側の高台広場で目前の葛城山や周囲の景色を楽しみながら休憩する人たちが、参拝を終えた方々と体制を整えた後「九品寺」前を出発、田園風景が広がる緩やかな田畑の中の「葛城の道」をさらに北へ、右前方は奈良盆地が広がり「畝傍山」や「香久山」「耳成山」の大和三山を望み、今日の晴れ渡った視界は良好で遠く奈良若草山等青垣の山々を眺望しながら「六地蔵石仏」へ出まして、ここで「葛城の道」と別れて東に方向転換し、「鴨山口神社」から櫛羅地区を進み「柳田川」の枯葉が散る桜並木の堤防道路を進んで、国道24号を越え暫くしてJR御所駅手前で14時40分頃、参加者の皆様は整然と、15qのコースを足並みも軽やかに運び、無事ゴールいたしました、お疲れ様でした。