今回の例会は「業平道(なりひらみち)」を、平安時代の貴族・歌人で「伊勢物語」の主人公の美男として知られている「在原業平(825~880年)」が、自邸のある天理の櫟本から大和郡山市‐安堵町‐斑鳩町‐平群町を通り河内の高安(八尾市)まで、高安の恋人「河内姫」のもとへ通ったと伝えられている道で、いつからかこの道を「業平道」の名で呼ばれ、今日は、その一部を歩きました。

暦は早くも9月に入り、朝夕暑さも和らいできましたが、日中はまだまだ猛暑が続く厳しい残暑の中、JR・王寺駅北側連絡通路デッキに186名の多くの参加者を迎え、晴れ渡った空のもと9時50分頃元気にスタート、王寺駅北側の市街地を北へ抜け、大和川河川敷「ふれあい広場」から「昭和橋」を渡り斑鳩町に入り、暫く大和川沿いを東に進み神南住宅街内の緩やかな上りの道を北へ進み、住宅街に囲まれた小高い山で、古くから神が鎮座する山とされる「三室山(標高82m)」へ、その山頂近くに鎮座する「御岳(かみおか)神社」で暫しの列詰め及び水分補給休憩を取り、北斜面の急坂や階段等を下り、竜田川沿いの「竜田公園」へ、緑に覆われたトンネル等を進み、太陽が照り付け蒸し暑さが増す中「念仏橋」西詰でトイレ及び水分補給等の休憩を済ませ、「念仏橋」を渡ると、ここから「業平つれづれの道」に入り、竜田地区住宅内の曲がりくねった狭い上りの道や田畑のあぜ道、及び「龍田神社」北側の狭い道等を長い列は東へ進む途中、参加者の中に猛暑と蒸し暑さの中2・3人がダウンする方が現れ、又、スタッフが持つ「熱中症予防温湿度計」が危険を知らせるアラームも鳴り始め、急遽、11時40分頃スタートから約6㎞進んで「法隆寺」南大門前で、この先、ウオーキングする事で熱中症発生の危険性があると判断し、中断しました。

当初、この先の「上宮遺跡公園」で昼食の予定でしたが、ここ「法隆寺」南大門前広場で昼食休憩を済ませ、大半の参加者とは別れ、体力に自信のある残る74名は、この先を進めることで、12時30分頃元気にスタートしました。
法隆寺地区の狭い住宅地内の道を東へ、国道25号に架かる歩道橋を渡り法隆寺南地区に入り、田畑に囲まれた「上宮(かみや)遺跡公園」でトイレ休憩を済ませ、稲穂が実り始めた水田等を眺めながら、富雄川に架かる「業平橋」を渡り、高安地区に鎮座する「高安天満宮」へ、この神社が鎮座する高安村(当時)は「業平道」の道筋に当たり、在原業平が河内の恋人の屋敷から帰る途中に、美しい村の娘が業平に連れていかれないように、娘は顔に鍋墨を塗ってわざとみにくい姿にしたという伝説が残されています。
天満宮を後にして、JR・大和路線を渡って安堵町に入り「善照寺」へ、境内には約250年前に福井県冨生村から水路で運ばれてきたといわれる樹齢約300年の「冨生(ふしょう)の松」の名で呼ばれる珍しい「根上りの松」を鑑賞し、暫く進んで、「太子道」と「業平道」が交わる位置に鎮座する「広峰神社」へ、鳥居前には「太子の井戸」・「業平姿見の井戸」とも呼ばれている井戸があり、それらを見て神社を後にし、緑豊かな水田に囲まれた狭い「太子道」を更に南へ進み、聖徳太子創建の「泡波(あくなみ)神社」に13時30分頃到着、この辺りで、上空の一部に厚い雲が覆う中、近くでは雷鳴が響き渡り、今にも雨が降りそうな雰囲気もあり、又、蒸し暑さも増す中、この先、残りのコースを歩くには難しいと判断して残りを断念、北方面に方向転換してJR・大和小泉駅を目指し、幸いにも心配された雨にも降られず、無事大和小泉駅に14時10分頃到着しました。
今日は、高温・多湿で熱中症の心配もあり、途中、中断との残念な結果となりましたが、今日のこのコースにつきまして、いつか再度、挑戦したいと思います。