雲一つなく澄み渡り秋晴れとなった今回の例会は県外に出て歩くコースで、竹ノ内街道から奈良県と大阪府境界の「平石峠」を越え、葛城市から大阪府河南町を経て太子町への河内飛鳥を訪れました。
近鉄・磐城駅から東側に位置する「木戸池公園」へ参加者を誘導、恒例の出発式を終え9時50分過ぎ145名の参加者は元気にスタート、暫く進んで最初に訪れたのは葛城市長尾地区内の広い森の神域に鎮座する「長尾神社」へ、この神社の鎮座地は「竹ノ内街道:堺市から二上山南麓の竹ノ内峠を越え、この地に至る約26㎞の日本最古の街道」と「長尾街道:堺市から二上山北麓の田尻峠を越え、この地に至る街道」、及び、「横大路:奈良盆地を東西に貫く日本最古の国道で、西は竹ノ内街道及び長尾街道、東は伊勢街道に接続」が交差する交通の要衝であり、古来より交通安全、旅行安全の神様として篤く信仰されています。

その神社で参拝を終え、綺麗にカラー舗装された緩やかな上りが続く「竹ノ内街道」を二上・葛城山系を仰ぎ見ながら西へ歩みを進め、県道30号(山麓線)を横断して間もなく、松尾芭蕉ゆかりの「綿弓塚」へ、ここで暫しのトイレ休憩を済ませ、この辺りから更に急となる街道の坂道を上り進み、やがて竹ノ内集落を抜け、交通量の多い国道166号(竹ノ内街道)の車道を暫く進んで、「竹ノ内街道」と別れ、県道704号(竹内河南線)に入り、頭上高くを走る南阪奈道路の高架下の坂道を西方面へ上り進みながら後ろを振り返り見れば、高架道路の遠く向こうには大和青垣の山々や奈良盆地を望み、やがて、「この先車両通行不可」の標識がある二股に分かれる地点へ、ここで暫しの列詰め休憩を取りました。
この地点から右へ、平石峠までの約900mの山道は、昨年の台風21号の影響により歩きにくい荒れた上りの狭い山道が続き、長い列は一列となって慎重に一歩一歩、歩みを進めながら「平石峠」に先頭は11時10分過ぎ到着、この峠は、金剛・葛城山方面から二上山等に続く「ダイヤモンドトレール」の峠でもあり、その、案内標識がある小さな広場でアンカーの到着を待って、峠からは、上りと同じく荒れた足場の悪い下りの山道を、途中、傾きかけた小橋をスタッフの誘導により慎重に渡り、又、倒木の下をくぐったりして峠から、その荒れた山道を約500m下り進んで、渓流沿いの狭い舗装道に出て、離れ離れになった長い列は淡々と進み、やがて視界が開け山道と別れ、河南町平石地区の山間の一般道路に出て一息つきながら暫く進み、「高貴寺」への案内標識を見て、急な上りの坂道を北へ約300m進み、坂道を上り切ると、山中の鬱蒼とした緑の中の静かな雰囲気に佇む「高貴寺」の鐘楼門(山門)が目前に、その山門をくぐり、次に座禅道場門を過ぎ、長く続く土塀に沿って参道を進みますと、厳かな雰囲気の本堂が、開山は役行者で、文武天皇の勅願によるといわれていて、弘法大師空海も安居したといわれています。

本堂に参拝や広い境内を暫く散策の後、山門から左に進み、斜面の鬱蒼とした木々に囲まれたほぼ平坦な整備された遊歩道のような山道を西へ約500m進み、同じく平石地区山中に鎮座する「磐船大神社(いわふねだいじんじゃ)」へ、神社境内全域に獣対策用に張り巡らされた「感電注意」の地を這うような電線を跨ぎ境内へ、祭神は饒速日命(にぎはやひのみこと)外十柱で、境内には饒速日命が降臨する際に乗っていた天磐船(あまのいわふね)をはじめ、燈明岩等々の巨岩、奇岩が多くありました。
神社の立派な石造りの鳥居をくぐり十数段の階段を下りて、急な下りの足場の悪い狭い約400mの山道を慎重に進み一般道路へ、その道路を北へ河南町から太子町に入り「畑薬師山公園」に先頭は12時30分頃、アンカーは十数分遅れで到着、ここで昼食休憩を摂りました。

秋の日差しを浴びながら休憩の後、午後は13時20分スタート、一般道路を北方面へ進み「四天王寺太子学園」前からしばらく進んで小高い丘に位置する「推古天皇陵」へ、第33代推古天皇は日本最初の女性天皇で、甥である聖徳太子を摂政にし、政治の改革や仏教文化を中心とした飛鳥文化を花開かせた天皇で、陵は磯長山田陵(しながのやまだのみささぎ)に治定されていて、子の竹田皇子(たけだのみこ)との合葬陵墓となっています。
整備された坂道を上り陵に参拝の後、太子町内の府道や一般道を進み、聖徳太子の墓所とされる「叡福寺」門前に14時過ぎ到着、30数段の石段を上り南大門から広い境内に入り、約20分の自由行動とし、金堂・聖霊伝(太子堂)・多宝塔等々を見て回り、聖徳太子御廟(北古墳)を参拝し、「叡福寺」を後にして、聖和台の大規模住宅団地内を南北に貫く、町道太子中央道の歩道を北へ進み、近鉄・上ノ太子駅に14時40分過ぎにゴールしました。
今日は、峠越えの厳しいコースでありましたが、楽しんでウオークしていただけたと思います、お疲れ様でした。