今回は、明治31年開業当時の木造駅舎が残るJR・櫟本駅に集合、紅葉の名所として名高い「錦の里・正暦寺」を訪れました。
秋晴れの絶好のウオーキング日和となった今日は「櫟本駅前公園」に149名の参加者を迎え、9時45分頃元気にスタート、櫟本町の住宅街を東へ抜け、鬱蒼とした森に包まれた中に鎮座する「和邇下(わにした)神社」へ、この神社は、東大寺山の西麓にあたり、東大寺山古墳群に属する「和爾下神社古墳」の上に祀られた神社で、御祭神は「素盞鳴命(すさのおのみこと)」を祀っているので「牛頭天王(ごずてんのう)社」ともいわれ、社殿は三間社流造で桃山時代の様式で古建築として国の重要文化財に指定されています。
70数段の長い石段を上り拝殿へ、拝殿前には珍しい一対の「牛」の狛犬が置かれ、参拝と共に小休止を済ませ、神社を後にして閑静な住宅地内の緩やかな坂道を上り、シャープ㈱天理総合開発センターの西側に位置し高所にある、国指定史跡の「赤土山(あかつちやま)古墳」に到着、前方後円墳(全長約110m)で、史跡公園として整備され、円筒埴輪や家形埴輪のレプリカが置かれ、それらを見ながら後円部から墳丘へ上り、墳丘上からは天理市街地や遠く金剛・葛城・二上山等の稜線の美しい景色に暫し見とれ、古墳を後にしました。

閑散としたシャープ㈱の数棟の中高層住宅が建つ社宅跡を通過し、西名阪自動車道の北側側道を東に歩みを進め農業用溜池の「白川ダム」へ、トイレ休憩と共にダム周辺の山々の美しい景色を眺めながら休憩を済ませ、ダム湖を西へ下り進み、古墳公園から緩やかな上りが続く一般道の歩道を東へ、天理大学白川グランドの北側を通過し、更に歩道部を北方面に進み、やがて、山間の道から視界が開け虚空蔵町地区の田園風景が広がり、点在する集落内を進み、左前方遠くの生駒山や矢田丘陵等を望みながら高樋町のT字型三叉路へ、突き当りに右方面「正暦寺」の看板が、又、東南角には珍しい「時計台」を見て、そこから「正暦寺」まで2㎞の緩やかな上りの道を、長閑な里山風景を望みながら進み、途中、左側に覆い屋に安置されている像高162㎝の「北椿尾(きたつばお)地蔵石仏・鼻きれ地蔵」へ、その地蔵前から脇道に逸れ急な上りの狭い道を進み、北椿尾町集落の小高い丘陵地の山中に鎮座する「椿本神社」へ、参道の石段の脇には幹周り4m程の巨木が聳えていて、数段の急な階段を上ると鳥居が、目の前には石垣と山が迫り、境内は非常に狭く、右側の隅に小さなお社が「椿本神社」と書いた本殿が鎮座していました。
神社を後にして一般道に戻り、更に山裾の緩やかな上りの坂道を進む途中、山側に綺麗に刈り込まれたツツジの高い生垣が長く続くその先には、数多くの石仏が並び、又、そのすぐ向こうには、2本の巨木杉を背に負うようにして、二体の地蔵石仏「泣き笑い地蔵」が並び立っていて、そこから先「正暦寺」の参道へ、菩提仙川の渓流に沿って進み「いこいの広場・吉祥院跡」に12時10分過ぎ到着。
「正暦寺」には3,000本を超える楓が山内にあり、11月になるとそれらが順番に色づいて紅葉していきますが、残念ながら今年は紅葉が遅く、やや見頃の赤や黄色の紅葉を眺めながら、暖かい陽だまりの下で昼食休憩を摂りました。

午後は13時過ぎ出発、参道から急な上りの狭い地道の山道に入り西へ約10分進んで、下り道となり暫く進んで舗装道へ、山間の小川沿いの緩やかな下りの道を長い列は歩みを進め、途中、列詰め休憩を取りながら、道路沿いの「霊元天皇皇女墓」を過ぎて視界が大きく開け、のどかな細長い田園風景が続く山沿いの道を更に西に歩みを進め、竜王池からこれから北へ進む山道沿いに鎮座する「岡山稲荷大明神」の赤い鳥居をくぐり、急な石段を上り狭い山道を「大明神」を経て暫く進み「円照寺」の山門に入り、ここでトイレと列詰め休憩を取りました。
この「円照寺」は、斑鳩の「中宮寺」、佐保路の「法華寺」と共に大和三門跡寺院の一つで、華道の「山村御流」の家元でもあり、別名「山村御殿」とも言われていて、内部は非公開ですが、綺麗に整備された庭園が垣間見ることが出来ました。
緑に覆われた静寂な長い参道を西へ進み、参道を出て山町地区の田園風景の中の狭い畦道を、矢田丘陵や生駒山等の山並を遠望しながら、長くなった列は淡々と進み、国道169号を渡り住宅が連坦する県道を進んで、JR帯解駅に14時30分頃先頭が、アンカーは10数分遅れでゴールしました。