令和元年も残り僅かとなった本年最後の例会は、金剛・葛城山の山麓を南北に走る、古代の主要道路「葛城古道(葛城の道)」から古瀬地区にある「水泥古墳」を巡りました。
今朝の奈良地方は曇り空で天気予報の午前中は心配な傘マークが当たり、参加受付を開始して間もなく、ぽつぽつと小雨が降り出し、JR御所駅構内をお借りして、出発式を終え9時50分頃131名の参加者は元気にスタートして櫛田川沿いを西へ、大正小学校から田畑のあぜ道を経て県道へ、間もなく道路は上り坂を進み「鴨山口神社」へ、参拝とトイレ休憩を済ませ、神社を後にして、すぐの山麓線(県道30号)を横断して、更に上り坂を進み櫛羅地区集落の外れにある、大きな石に彫られた「六地蔵石仏」へ、この地蔵は室町時代に彫られたもので、六体の地蔵が横一列に浮彫された、地元の大切な守り神です。
この石仏から「葛城古道」に入り視界が大きく開け、標高約160mに位置する古道を、葛城山麓の田園風景を望みながら、そぼ降る雨の中を歩みは南へ、楢原地区集落を過ぎて田圃の狭いあぜ道を上り進み、やがて、奈良時代の僧・行基が聖武天皇の勅により開基された「九品寺」を訪れました。
境内の裏山には「千体石仏」があり、この石仏は、南北朝時代にこの地を支配していた御所城主「楢原氏」が北朝と戦った時、地元の人々が奉納したものが始まりで、現在では1,600~1,700体の石仏があるとのことで、この石仏を見て回りました。

「九品寺」を後に、この辺りから雨も上がり曇り空の中、晴れていれば奈良盆地に浮かぶ大和三山や東方面に連なる山々等を望むことが出来ますが、雲に覆われ残念でしたが、山麓沿いの狭い古道を進み、願い事を一言だけ聞いてくれる「一言(いちごん)さん」として親しまれる「一言主神社」へ、長い階段を上り拝殿に参拝、境内にはイチョウの古木(乳銀杏)が樹齢1,200年とも言われ、神木とされています。
列詰め休憩の後、杉並木が続く神社の参道を東へ進み、大鳥居を右折して豊田集落を経て、古い民家の美しい家並みやレトロ調な「郵便長柄館」や重要文化財に指定されている「中村邸」がある長柄集落内を進み、佐田地区に鎮座する「高木神社」辺りから上りの道を暫く進み、なお南郷地区に鎮座する「住吉神社」からは更に上りが急となる柿畑の間を通り山麓線に出てしばらく上り進み、金剛山南麓に位置し高台にある、浄土宗のお寺「極楽寺」に12時30分頃先頭がアンカーは十数分遅れで到着、美しく整備された境内の庭園及び歴史を感じさせる鐘楼門付近等で昼食休憩を摂りました。

午後は13時15分「極楽寺」をスタート、山麓線から伏見地区集落に入り、ここで「葛城古道」と別れ、東へ金剛山を背にして、朝妻・僧堂地区集落内の狭い道を下り進み国道24号線の船路交差点を横断し、行基が開創したと伝わる、花の寺で知られる「船宿寺」に到着、ここでトイレと列詰め休憩を済ませ、通過交通の少ない山間の一般道路を約2㎞下り進みJR和歌山線へ、踏切を渡り進路を北へ、JR和歌山線と近鉄吉野線に挟まれた道を更に約2㎞を淡々と進み古瀬地区にある「水泥古墳」に到着。
この古墳は、約100mを隔てて存在する北古墳と南古墳を併せて、2基一括で昭和36年に国指定史跡に指定された古墳で、特に北古墳は珍しく個人の住宅敷地内にあり、所有者の西尾さんご夫妻の暖かいお迎えを受け、丁重に古墳内部等の案内をいただき見学を、約20分の見学を終え、暫く進んで「川合八幡神社」へ、この神社では、毎年秋に「ヒキアイモチ行事」が開催され、藁で編んだ中に餅を入れた「コグツ」と呼ばれる袋についた綱を子供達が引き回し、最後に中の餅を配るという祭事が行われていて、社殿には過去の「コグツ」が吊り下げられ保存されていました。
その神社を後にして、JR和歌山線沿いを北へ暫く進み15時20分頃JR・近鉄・吉野口駅にゴール、午前中は小雨が降る不安定な空模様でしたが、参加者の皆様は元気に完歩されました。
今年最後の例会が無事終了しました、ありがとう御座いました。