「大和の国中・奈良盆地一周ウオーク」は昨年と同様の特別大会で、今年は昨年の逆回りで、一周約137㎞を9回に分けて実施するウオークです。
第1回目は、JR王寺駅をスタート、王寺町「達磨寺」から香芝市の東北部に位置する「尼寺廃寺跡」、「志都美神社」等を経て「大坂山口神社(逢坂・穴虫)」を巡り、JR香芝駅迄の13㎞をウオークしました。
週間天気予報では雨模様の予報でしたが、幸いにも雲間から薄日が差す中、JR王寺駅北側連絡通路デッキに192名の多くの参加者を迎え、恒例の出発式を終え9時45分頃元気にスタート。
最初に訪れたのは、だるま発祥の地で聖徳太子ゆかりの寺院「達磨寺」へ、聖徳太子と達磨大師の出会いからはじまった「達磨寺」には、本堂の下に「達磨寺3号墳」とよばれる古墳時代後期の円墳があり、これが達磨大師の墓とされ、鎌倉時代にその上にお堂が建てられ、本尊として堂内に「聖徳太子像」と「達磨大師像」が安置されています。
本堂にお参りや境内に置かれている聖徳太子の愛犬「雪丸像」等を見て回り「達磨寺」を後にし、暫く東へ進んで「葛下川」へ、左岸堤防道路を約1.6㎞南へ、長蛇の列は曇り空の中、途中、田園風景が広がる四囲の景色を望みながら、又、畠田地区の住宅連坦沿い等をのんびりと歩みを進め、香芝市尼寺2丁目地内に位置する、国史跡に指定されている「尼寺廃寺跡」に入り、列詰めとトイレ休憩を取りました。
「尼寺廃寺跡」は、7世紀後半に創建された寺院の遺跡で、発掘調査により、北に金堂、南に塔を配置し、それらを回廊で囲んだ東に中門を設けた、東面する法隆寺式伽藍配置であることが分かっていて、又、併設の「学習館」では、現存する日本最大級の塔心礎の模型と、土層断面を展示されていまして、それらの見学を終えた後、長い列はさらに南へ、白鳳台住宅団地内を通り、団地を抜けた南側に位置する「平野塚穴山古墳」へ、古墳の規模は一辺18m、高さ4m前後の方墳で、7世紀中頃から後半の築造と推定されていて、国史跡に指定されています。
被葬者は茅渟王(ちぬおう:斉明(皇極)天皇の父)との説があり、現在、墳丘の修復整備工事中でした。
その古墳に隣接する「正楽寺」へ回り進み、境内に祀られている、平安時代後期の様式を残している、像高125.5㎝で板状の凝灰岩に浅く線刻した「線刻阿弥陀石仏」と「地蔵石仏」を覗き見て、古墳を後にして、平野地区の集落や田園地帯を抜け西名阪自動車道の道路下トンネルを抜けると、田んぼの向こうに「武烈天皇陵」がある、鬱蒼とした森を望み、その森の南側を回り進み「武烈天皇陵」の南東部に隣接して鎮座する「志都美神社」へ、この神社の、ご祭神は天児屋根命(あめのこやねのみこと)他2神で、本殿裏の鬱蒼とした社叢(森)は原生林で、県指定の天然記念物になっています。
参拝と列詰め休憩を終えアンカーの到着を待って、神社を後にしまして、畑之浦地区を経て大規模住宅団地「香芝・旭ヶ丘ニュータウン」に入り、団地内道路を暫く西に進んで「旭ヶ丘近隣公園」に11時50分頃到着、薄日が差す中、公園広場で昼食休憩を摂りました。
休憩を終え、午後は12時45分スタート、公園から南へ約500m進み逢坂地区内に鎮座する「大坂山口神社(逢坂)」へ、「大坂山口神社」は逢坂と穴虫の2ヶ所に所在し、ご祭神は、共に「大山祇命(おおやまつみのみこと)」他2神が祀られています。
逢坂の山口神社は、本殿が三間社流造の檜皮葺きで、室町期の建築様式を残していて、県の文化財に指定されています。
参拝を終え、次に西方面へ約1㎞進み、途中、近鉄二上駅前を通り、穴虫地区の住宅に囲まれた小山の北麓に鎮座する「大坂山口神社(穴虫)」に到着、30数段の階段を上り拝殿へ、更に20数段上って、本殿に参拝。
又、この穴虫の神社は、相撲神社としても知られていて、境内には、石垣で造られた宮相撲の観覧席が残っていていました。
神社を後に、山間の狭いあぜ道から穴虫の住宅密集地域を抜け、近鉄二上山駅東側からJR香芝駅迄の約2㎞の一般道等を、途中、香芝警察署、香芝中央公民館等を経て、JR香芝駅に14時頃、無事に順次ゴールしました。